背後に潜むメカニズムを発見する-実務論文の書き方教室報告(3)

那須清吾師範

実務家が推論能力が高いのは、いっぱい失敗しているからである

推論能力は、研究者の気づき能力が問われる最重要の能力である。その人が持っている能力である。中には天才的な人がいる。実務家の成功者が、推論能力が優れていることは共通する。なぜかと言えば、実務家の成功者はいっぱい失敗している、いっぱい経験している、いっぱい学問を学んでいるからである。この人たちは気づく。推論能力は極めて高い。実務家、失敗経験が多い人は気づく。

教育・研究と実践的マネジメントとをつなぐ領域

実務研究論文の書き方教科書  那須清吾https://zofrex.co.jp/nasu.pdf

なぜアヒルは前に進むのか

なぜアヒルは前に進むのか。膨大なデータはある。ある学生は普通に泳いでいるという。もう一人の学生は風が吹いていたからだという。流れがあって流されていたという学生もいる。魚が足の後ろでつんつんつついていたからだ。いやいや、浅いので歩いていた。目の前に小さなヒヨコがいて、心配なので追いかけていた…。なぜアヒルが前に進むのかはいろんな理屈がある。それを確認しましょうというのが論文である。詳細に記述して真実をあぶり出すことが論文である。では、どうやって反証するのか。風が吹いて前に進んでいるという推論に対して、頭の産毛が揺れてないから、風が吹くのが要因ではないのではないか。風の推論はこうして否定される。では、泳いでいたのか。いやいや、アヒルの体が左右に揺れていないじゃないか。泳いでいない。では、流れがあったのか。池の波紋をみると葉っぱが流れていないじゃない。アヒルは流れているはこれで否定される。では歩いていたのか、アヒルの体が上下していないじゃないか。これも否定できる。結局、魚がつついていたのが真実だ。意外な真実がある、これに気づくのが論文である。アヒルが前に進む要因は複数ある場合もある。風が吹いていた、魚がつついていた。これはひとつの要因かもしれないし、ふたつあるかもしれないということはあり得る。読みどころが推論のポイントであり研究者の能力だ。経済学と心理学でアヒルが前に進むことを解くと、アヒルはバタバタしながら前に進むというのは経済学だ。目の前にヒヨコがいて心配だから追いかけていた。これには意思があり、これは心理学である。2つの理論を組み合わせて現象を説明できる。2つ3つの理論を組合わせることが必要である。また、この理論を統合することが求められている。

背後に潜むメカニズムを発見する

時間的な矛盾が生じる

論文作成のプロセス(再現性のある研究方法の設計)に関する基本的な質問です。一般的に実務家は、データの入手や研究論文を書くためにプロジェクトに関わっているとは限らないので、事前に「再現性のある研究方法の設計」をするというよりも、結果としてさまざまなデータ(経験知)を手にしているケースが多々あるのではと思われます。となると論文を作成するに際して、すでに終了して過去形となっているプロジェクトのメカニズムを解き明かし因果的推論を成立させるために、後からアンケートなど何らかの統計的なデータを作らないといけないという時間的な矛盾が生じるような気がします。論文作成には、すでに入手済みのデータ(経験知)の整理分類と考察にとどまらず、新たなリサーチが必須ということになりますでしょうか。あるいは何らかの後付けの工夫がありますでしょうか。

実務家の果たす役割が見えた

シリーズ最終回のまとめとして、改めて実務家の果たす役割と論文作成に必要なポイントをわかりやすく整理解説していただきました。学術研究者が概念を構築するのに対して、実務家はみずから取り組んでいるケースの社会的な意味を認識して、その真意(エッセンス、パターン、メカニズム)を事実に基づく因果的な推論により説明して、後に続く第三者が参照して実際に使えるように経験知(手法)をロジカルに提供するミッションがあると理解しました。シリーズを担当された諸先生方に改めて御礼を申し上げます。

説明できないことが苦しかった

実務家はたくさん悩み、たくさん経験してきており、問題発生時の乗り越え方を知っています。「問」に対する「解」は分かるが、説明できないことが苦しかった。今日の講義を受け、いろいろな学問から理論をお借りし、自分が設定した問いを掘り下げ、理論的に説明し、誰でも私方式の地域づくりができるようになるよう説明すればよいのだと分かりました。

斉藤さんが「むずかしい」と感じているのは、どういう点でしょうか?

私は今、博論を書いています。先行研究が難しいです。実務者は理論書を読む時間が限られるからです。私は自分なりのメカニズムを博論の中で書くことができました。しかし、それでは、新規性が立証できません。誰もが正しいと思っている理論で、ここはこう説明できます。そこは、この理論で説明できますと組み合わせて、地域活性化のメカニズムを説明することができます。でも、既存の理論で説明できない領域は、まったく新しいことであるとも立証できるわけで、論文の新規性が論証できるわけです。私は、博論を書くことと並行して、自分に必要な先行研究の多くを「世界標準の経営理論」から引用しました。誰もが正しいと考えている30本の理論がこの本に収録されています。博論の仮説と考察がつながりそうな段階で(これ最初から見えていないといけないのだけど)、メカニズムの立証に必要となりそうな理論を2つ、3つ見つけ、初めてその理論を深く読み、博論の先行研究に生かしました。仮説とは現象の予測ではなく、先行研究で得られた理論の延長線上にあるものです。知らんけど(斉藤)。

世界標準の経営理論(ダイヤモンド社)入山章栄著https://www.diamond.co.jp/book/9784478109571.html

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