百人の有識者より一人の実践者

松田智生(三菱総合研究所主席研究員)

私は地域活性化やアクティブシニア論を専門としてシンクタンクで働いています。また地方創生の仕事で縁が深まった高知大学の客員教授を務めています。これまで内閣府 高齢社会フォーラム企画委員、内閣官房 日本版CCRC構想有識者会議委員、デジタル庁 シェアリングエコノミー伝道師、浜松市地方創生アドバイザー、壱岐市政策顧問等を歴任し、民間企業では新規事業のアドバイザーを務めています。難しいことを分かりやすく伝えることをモットーにしており、書籍として「日本版CCRCがわかる本」(2017年)、「明るい逆参勤交代が日本を変える」(2020年)を発刊し、また現場に行くことが大好きなので、周囲からは「三菱総研らしくない」と言われる異端児のようです。

なぜ論文執筆に

日々の仕事は顧客向けの紙芝居的なスライド作成に忙殺され、また専門誌への寄稿は頻繁にありますが、これも字数やテーマ制限があり、じっくり腰を据えて納得が行くまで書くことはあまりないものです。前述した「CCRC」と「逆参勤交代」の本を単著で出版したのは、顧客に対する成果品でなく、自分が納得するまでそのテーマで書きあげたいという思いでした。そして学術論文に挑戦したのは、ある委員会で「その主張で論文は書いているのか?」と質問をされたり、「松田は所詮、講演屋」と嫌味を言われたことがあり、「それなら査読付論文に挑戦だ」という反骨心がきっかけでした。1年に1本書くことを自らに課して、2019年に都市住宅学会で「民間主導型 CCRC の現状と課題」が採択、2020年に地域活性学会で「逆参勤交代による都市人材の地方循環の研究」が採択されました。これが本学会との付き合いの始まりです。最初は論文のお作法的な所作に閉口しました。また普段書くコラムやレポートはキャッチーなキーワードや斬新な発想や、非連続性の展開が好まれるのですが、小石をひとつずつ積み上げていくような論文の書き方は今も慣れません。しかし名前を伏して執筆者と査読者が真剣勝負をするというのは、ある意味「道場破り」的な緊張感があり、厳しい査読コメントに傷つくことも多々ありますが、その過程で真理を追究するような気持ちになります。

百人の有識者より一人の実践者 ~ 逆参勤交代の全国展開

地域活性学会で共感するのはJK=実務家研究者という考えです。私の座右の銘は「百人の有識者より一人の実践者」です。シンクタンクの研究者は机上の構想だけでなく、現地で人を巻き込み実践することに価値があり、「口だけ番長」、「書くだけ番長」を脱すべきという思いがあります。2017年から提唱している「逆参勤交代」は、江戸の参勤交代とは逆に東京圏から地方への期間限定滞在で、働き方改革と地方創生を同時実現させる構想です。人口が減少する日本では、都市と地方での人材の争奪は不毛であり、これから人材の循環と共有が鍵です。構想を実装させるために、丸の内プラチナ大学いう三菱総合研究所と三菱地所で共催する市民大学で、逆参勤交代講座の講師をしつつ、北海道から九州まで全国15地域でトライアル逆参勤交代という2泊3日のフィールドワークを実践してきました。20-60代の学生や社会人が参加、地域の魅力や課題を発見し、地域の起業家や移住者と交流し、最終日には首長向けにプレゼンを行います。プレゼンのルールは「私主語」です。それは「あなたの街はこうすべきだ」という「あなた主語」でなく、「私が主体的に何が出来るか」ということです。参加者にはこれをきっかけに、自治体のアドバイザーに就任したり、工場の現場改善を副業で始めたり、週末移住を始めたりと具体的な成果が生まれています。個人・地域・企業の「三方よし」ですね。

全国に広がる逆参勤交代(丸の内プラチナ大学)

逆参勤交代プロジェクトのホームページhttps://www.relation-ur.jp/

長崎県壱岐市のトライアル逆参勤交代(丸の内プラチナ大学)

また離島の高校生とのキャリア勉強会では、建築家がデザインを、CAがホスピタリティを話すと、高校生たちは目を輝かせます。しかし一番学んだのは、話した大人たちでした。高校生に分かりやすく話すことや、彼らの質問に的確に答えるのは簡単ではありません。福澤諭吉が残した「半学半教」という言葉は、「師弟の分を定めず、学び合い教え合う」という精神ですが、これが逆参勤交代の基軸です。逆参勤交代は今年も全国で実施するので、是非皆様と一緒に地域に向かいたいと思っています。

鹿児島県徳之島での高校生とのキャリア勉強会(丸の内プラチナ大学)

日本は東洋のダボスを目指せ

私は3K(川上=政策化、川下=実践化)を大切にしているのですが、もう一つのKは「国際」という視点です。人口が減少し高齢化率が世界一の日本は一体どこに向かうのか、世界から注目されています、特に課題解決の好事例に彼らの関心が集まっています。

イタリアのアクティブシニアとの共同研究

この数年、高齢化先進国のイタリアやドイツと共同研究を進めてきましたが、昨年ドイツと日本の研究者16名による研究成果が、学術誌のシュプリンガー社からドイツ語で出版されました。「Alterung und Pflege als kommunale Aufgabe」。(「自治体の責務としての高齢化とケア」日本語版は今年出版予定)。この共同研究では両国で共通の課題、互いに学び合う好事例や視座を得る機会となりました。

ドイツと日本の研究者による高齢社会の共同研究の書籍化

ダボス経済フォーラムは、「経済のことを知りたければダボスへ行け」と世界中から人が集まります。これからは、「地域活性化を知りたければ日本に行け」というように、世界中の実務家研究者が日本に集うようにしたいものです。「地域活性学会・国際シンポジウム」を開催する日も近いと思っています。

内閣府高齢社会フォーラムで日本・イタリア・ドイツとの分科会

Writer:松田智生(三菱総合研究所主席研究員)