【能登半島地震】災害復興に関する論点をまとめました

米山隆一氏の発言を機に多くの意見が配信されました。Facebook 地域活性学会JKでこれらの意見が集まってきましたのでここで論点をまとめます(斉藤)。

米山隆一氏、維持困難な能登の被災地「復興より移住」論に賛否 「今じゃない」「必要」(産経新聞2024年1月11日)

「維持が困難だった集落で地震で甚大な被害を受けたところは、多額のお金で復興して、結果被災者が年老いた数十年後に廃村になるより、被災者も若いうちに移住を考慮すべき」「非常に言いづらいことですが、地震前から維持が困難になっていた集落では、復興ではなく移住を選択することを組織的に行うべきだ。現在の日本の人口動態で、その全てを旧に復することはできません」「人の少ない集落での暮らしは実は高齢者には厳しく、一度街場(市街地)に住むともう戻れない。そこに暮らす人のことを思えばこそ、移住は選択肢だ」

産経新聞記事 https://www.sankei.com/article/20240111-HMF5DBCA7VBT5JELPJQTEDTOCI/

山本一郎氏(財団法人情報法制研究所事務局次長・上席研究員)、能登半島地震であえて問う、20年後に消滅する地域に多額の税金を投入すべきか。人口減少の日本で問われる、何がどこまで公費で救済されるべきかの線引き(JBプレス、2024年1月11日)

地域に残るのは、どこに暮らしていても一定額の支給が得られる年金生活者と生活保護世帯、および市役所町役場などの公的部門だけです。そういう生産性を失った地域が、今回の大地震のような激甚災害を受けて損害を被ったとして、その復興で災害の前の生活を取り戻すような公費を投じることが、どこまでならば妥当なのか、冷静に議論しなければならないでしょう。必要なことは、どこまで縮小すれば、住民の努力である程度の自活ができるレベルまで地域が集約できるのかというブループリントをつくることです。

災害対応で岸田政権が打ち出す1兆円あまりの復興費用は、とりもなおさず税金であり、地域医療や年金という観点からすれば社会保障費そのものです。地元の採算・生産性が回復する「良い復興」が進まなければ、国民の社会保険料負担はますます重くなるし、発行される国債が一層多額になり納税者負担となることを忘れてはいけません。勤労世帯の社会保険料負担が重くなり、重税感が国民に広まっているにもかかわらず、こういった生産性が乏しく、自活が難しい地域の復興予算を充分に出すべきだという話が併存してしまうのは、国民の適正負担の観点から見ても公平性を欠くうえに、そもそも矛盾しています。その復興がある程度、自力でできない限り、いつまでも公費で地域丸ごと被災者を助け続けることはできないということです。

JBプレス記事 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78858

「こんな不平等があるかっ」田中角栄はなぜ「北陸のたった60戸の過疎地」に「12億円のトンネル」を作ったのか…?(現代ビジネス、2024年1月13日)

「このトンネルについて、60戸の集落に12億円かけるのはおかしいとの批判があるが、そんなことはないっ。親、子、孫が故郷を捨てず、住むことができるようにするのが政治の基本なんだ。だから私はこのトンネルを造ったんだ。」「もう少しだ。トンネルができて無雪道路になれば、自分の家が一番いい。村に工場を作って、そこでみんな働けるんだ」

現代ビジネス記事 https://gendai.media/articles/-/122788

岡﨑昌之氏、「多極集住は地域の過疎化を進める」(全国町村会、2023年11月28日)

人が地域で暮らすということは、経済効率主義で簡単に割り切れるものではない。多極集住は一極集中に繋がり、村じまいや村おさめを促された町村の周辺部は、より厳しい過疎への道を歩むことになる。賢く撤退するのではなく、より賢く再生の道を模索することこそ重要だ。

全国町村会記事 https://www.zck.or.jp/site/column-article/24325.html

山本徳司氏、「どう畳んで行こうかと、とことん考え抜き、最終判断を住民自身が合意して選択し、決まった目標に向けて推進することが大切」(農村づくりICT支援研究会)

「農村づくり」において重要なことは、何に至るかではなく、そこに至る過程において、参加する住民が納得できるようにしたり、思い残しが無いようにしたり、多様な住民が多様性を保ったまま満足できるような工夫をすることです。どう畳んで行こうかと、とことん考え抜き、最終判断を住民自身が合意して選択し、決まった目標に向けて推進することが大切なのです。人生を振り返り、記録し、残りの人生を有意義なものにするとともに、最期には身の丈に合った尊厳のある儀式を執り行うことで、その人が生きていたという「証」と「誇り」を後世に残るようにすることであるように、集落の最期もその歴史をその地に刻んでいくものだと思うのです。

農村づくり・ICT支援研究会記事https://nousonouen.com/2023/06/05/%E3%80%8C%E6%9D%91%E3%81%98%E3%81%BE%E3%81%84%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E6%8C%AF%E8%88%88/

林直樹氏「特に厳しい過疎集落の新しい選択肢」(NHK、2023年07月19日)

「再興を意識した建設的な縮小」という選択肢があってよいと思うのですが、いかがでしょうか。なお、「集落の力」の維持では、常住人口だけでなく、集落からの転出者、元住民も重要です。転出者は集落づくりの脱落者ではありません。山をおりて、ふもとから「通い」で集落の維持に寄与する、ということであれば、転出者も非常に貴重な戦力です。「土地を離れることはわるいこと」と単純に決めつけてはいけません。

NHK記事https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/485786.html

千枚田再現は「疑問」(日本農業新聞2024年1月28日)

農水省の食料・農業・農村政策審議会企画部会で、能登半島地震で被災した棚田「白米千枚田」など奥能登地域の復興に、一部委員が疑問を呈した。「産業としての競争性なり自律性を確保していこうという時に、復興の優先順位として棚田を再現(する)のは、首をかしげてしまう」「復興に向けて国が施策を講じるには、「割り切る」判断も「せざるを得ない」(桜坂法律事務所の林いづみ委員)「ある程度の限界になった所は、人には集住していただくしかない」(日本テレビ、宮島香澄解説委員)