新増田リポートを読む(2)三つの基本的課題

1.国民の意識の共有


人口減少がもたらす「重大な事態」

  • これまでの対応において欠けていた基本的課題は、第一には「国民の意識の共有」です。誰しも事態を正確に理解しない限り、行動は起こしません。したがって、まず人口減少によって将来、一体どのような重大な事態が起き得るのかを、国民が正確に理解することが重要となります。その重大な事態とは次に述べるようなことであり、これらについて、国民の間で意識を共有することに最優先で取り組む必要があります。「人口が減少しても、日本社会は、これまで通りに続くだろう」というのは、根拠なき楽観論にすぎません。

果てしない縮小と撤退

  • 第一は、人口減少の「スピード」からくる問題です。このままだと、総人口が年間100 万人のペースで減っていく急激な減少期を迎えます。しかも、この減少は止めどもなくつづきます。先般公表された「将来推計人口(令和5年推計)」(国立社会保障・人口問題研究所)では、2070年の人口は8700万人(中位推計)と推計されていますが、これは、一つの通過点における人口規模を示しているにすぎません。出生率が人口置換水準(2.07)に到達しない限り、いつまで経っても人口は減少しつづけます。
  • 人口が減少すると、労働力人口が減っていきますが、それにとどまらず消費者人口も減少し、市場そのもの、社会そのものが急速に縮小していきます。市場が縮小すると、投資が国内に向かわず、その結果、生産性が向上せず、国としての成長力や産業の競争力が低下していくおそれがあります。
  • この「人口急降下」とでも言うべき状況下では、あらゆる経済社会システムが現状を維持できなくなり、「果てしない縮小と撤退」を強いられます。社会全体が縮小と撤退一色となり、経済社会の運営も個人の生き方もともに、“選択の幅”が極端に狭められた社会に陥るおそれがあること、これが第一の“重大な事態”です。

「超高齢化」と「地方消滅」

  • 第二の重大な事態は、人口減少の「構造」からくる問題です。人口減少は、人口や社会の構造も大きく変えていきます。人口減少社会とは、同時に「超高齢社会」です。人口減少が進むにつれ、高齢化率は上昇しつづけ、いずれ世界最高の4割の水準で高止まりします。こうした高齢化に伴い、一人当たりの所得は低下していくおそれがあります。社会保障をはじめ財政負担が増大し、それに巨額の公的債務がつづけば、財政は極端に悪化していくことになります。
  • また、将来にキァリアパスを見出しにくくなった若者の多くが、将来の自己確立よりも、容易に仕事に就ける非正規雇用やフリーターになり、社会人としての職業教育を受ける貴重な機会を逸しているのが現状です。このような状況が続くと、社会の格差が拡大し、固定化するおそれがあります。
  • そして、今日のような「歴史的転換期」には、生まれた年代によって経験する社会環境が全く異なってくることになります。例えば、高度成長やバブル期を経験した年代もあれば、全く知らない年代もあるといったことです。そうした社会の構造を配慮せずに、制度や社会規範をこれまでどおり放置しつづけると、年代・世代間の対立が深刻化します。
  • さらに、人口減少の進み方には「地域差」があります。先行して人口減少が進む地方においては、このままでは住民を支えるインフラや社会サービスの維持コストが増大し、維持が困難となります。それに伴い、最終的には住民が流出し、「地方消滅」というべき事態が加速度的に進むことが想定できます。これが、第二の重大な事態です。
  • 以上述べたような縮小と停滞のスパイラルに陥ると、最終的には進歩が止まり、広範な「社会心理的停滞」が起きてしまいます。こうした重大な事態を国民一人ひとりが自らにとっての問題として認識し、それぞれの立場で課題に取り組む気持ちを持つことが、重要な出発点となります。

2.若者、特に女性の最重視


若者や女性が希望を持てる環境づくり

  • 基本的課題の第二は、「若者、特に女性の最重視」です。少子化の流れを変えるためには、若者世代、特に育児負担が集中している女性が、未来に希望が持てるようになることが重要です。結婚や子どもを持つことは、あくまでも個人の選択であり、その自由な意思は尊重されなければなりません。また、性的マイノリティの人たちにとっても生きづらさを感じるようなことがあってはなりません。そうした基本認識に立った上で、若者世代の意識と実態を踏まえ、結婚や子どもを持つことを希望する若者が、その希望を実現できるよう、社会環境づくりを積極的に進めていく必要があります。

若者世代の結婚や子どもを持つ意欲の低下

  • さまざまな調査結果やヒアリングによると、若者世代の結婚や子どもを持つことへの意欲が急速に低下している状況が見られます。一方、結婚したくても結婚できる環境にないという男女が多いのも実情です。そこにはさまざまな要因が関わっていますが、中でも大きいのは、所得や雇用といった「経済的要因」です。このことは、若者世代における「格差の拡大」という側面も有しています。多くの若者が非正規雇用やフリーランスなど不安定な就労形態にあります。そうした厳しい雇用環境にある若い男性の結婚割合は低いのが実態で、女性についても、非正規や高卒者などの場合は、正規雇用や大卒者に比べて「子どもを持ちたい」という意欲が低く、出産の低下傾向も続いています。
  • 未婚女性が、自らのライフコースとしてなりそうと考えるのは「子どもも家庭も持たない“非婚就業コース“」がトップで、3分の1 を占めています。20代では、「子育ては大変だ」というネガティブな見方が多くなっています。また、「離婚リスク」を感じている人が見られますが、これは、ひとり親家庭、特に母子家庭は貧困率が高いことが背景にあると考えられます。

子どもを持つことがリスク、負担

  • 多くの若者世代が子どもを持つことをリスクや負担として捉えている状況があります。その背景の一つには、今や共働き世帯が全体の7割を超えていますが、今なお出産に伴い女性が退職したり、短時間勤務へ切り替えたりせざるを得ないため、収入が大幅に減少することがあります。女性就労において指摘されている「L 字カーブ問題」(30歳ごろを境に、女性の正規雇用率が低下し、30~40代などは非正規雇用が多くなること)につながる問題です。女性が出産退職する理由として多くあげられるのは、非正規雇用の場合は「育休など制度がなかった」であり、正規雇用の場合は、「育児と両立できる働き方ではなかった」、「職場に両立を支援する雰囲気がなかった」などです。また、子育て世帯が2人目の子どもを持つことを躊躇する理由として、夫の育児・家事時間が短く、育児参加が期待できないことがあげられています。こうした声を真摯に受け止めて、一つ一つの課題に向き合っていかなければ、少子化の流れは到底変わりません。
  • このような状況は、いわば“昭和のライフスタイル”を前提とした制度や社会規範が、今日に至るまでそのまま維持されてきたことが背景にあります。それらの見直しには、若者、特に女性の意識や実態を最も重視し、政策論議に反映させることが不可欠ですし、最終的には、企業や組織において「トップダウン」による決断と実行が必要となります。

3.世代間の継承・連帯と「共同養育社会」づくり


将来世代への責任

  • 基本的課題の第三は、今を生きる「現世代」に求められる責任についてです。人口減少は世代を超えて進行していくという特徴があります。つまり私たち現世代の取り組みが効果をあげるのは数十年先であり、その恩恵を受けるのは将来世代です。逆に、何もしないと、その負の影響を受けるのも将来世代となります。それだけに、安心して暮らしていけるような社会や地域をしっかりと将来世代に引き継ぐ(継承)という点で、私たち現世代の後世に対する責任は重いと言えます。
  • 全ての人々は、子どもを持つ、持たないにかかわらず、社会保障制度を通じた連帯によって支えられています。特に高齢期の生活は、自分一人の所得や貯蓄だけでなく、年金や医療・介護保険制度の給付やサービスが大きな支えとなっていますが、これらの制度は、若者世代、さらには将来世代からの資金拠出や人的支援が見込まれるからこそ成り立っていると言えます。こうした社会全体、そして世代を超えた連帯を維持するためにも、子育て支援は、高齢者を含めた全ての人々によって支えていくことが重要となります。

「共同養育社会」を目指す

  • 子育てに多大な労力と時間を要するのは、生物界では人間に特有のことであるとされています。世代間の継承という視点から見ても、母親一人が子育てを担うのではなく、父親はもちろん、家族や地域が共同で参加すること(共同養育)が重要であり、それが子育ての本来の姿ではないかと考えられます。沖縄県の出生率が高い一因も、地域全体で子育てをする意識が強いためではないかとされています。
  • また、1930年代にスウェーデンが少子化の状況に陥った時、人口減少の危機を訴え、スウェーデンの家族政策を築いた経済学者グンナー・ミュルダールは、「近代社会では親にとって、子どもは労働力などの役割を期待する存在ではなく、むしろ経済的負担を増加させるものであるため、多くの子どもを持とうとしない。これは、親の『個人的利益』と、国民の経済生活という『集団的利益』にコンフリクト(対立)が発生していることを意味している。この問題を解決するには、育児を親のみの責任とせず、すべての子どもの出産・育児を国が支援する普遍的家族政策を確立すべきである」と提唱しました。
  • 「共同養育社会」やミュルダールの考え方は、国や社会による子育て支援の重要性を強調しています。私たちが社会や地域を将来世代へ継承していくためには、こうした考え方を国民の共通認識とし、それに相応しい社会経済システムを構築することが不可欠です。そして、それによって、「子育ては大変だ」というイメージを払拭し、若い世代の出産・子育てに対する安心感を高めていかなければなりません。

おわりに

この「人口ビジョン2100」は、人口減少という事態に対していかに立ち向かい、2100年に向けて持続可能な社会をどのように作っていくべきかということが主題です。そして、結論として、安定的で、成長力のある「8000 万人国家」という目標を掲げ、その実現のために何をなすべきかを提言しています。政府のみならず、立法府、企業をはじめとする民間、地域、そして国民へのメッセージを内容としていますが、その中で最も訴えたいことは、人口減少という未曽有の事態を、国民一人ひとりが自らにとっての問題として認識し、社会経済全般にわたる改革を進め、結婚や子どもを持つことを希望する人が、その希望を実現できるような社会にしていくことです。

  • そのための課題は山積し、為すべきことは多くありますが、その第一歩としては、国民全体で意識を共有し、官民あげて取り組むための「国家ビジョン」を作っていくことが最も重要なのではないかと考えます。それとともに、政府は戦略の立案・推進体制を整備し、立法府は国会においてそうした取り組みを法制化し、民間や地域は国民的なレベルでの議論を深め、迅速に対応を進めていくことが重要です。
  • かつて吉田松陰は、「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし 故に、夢なき者に成功なし」と述べました。国は「希望の持てる国のビジョン」を国民に提示し、各企業や組織は「希望の持てる展望」を従業員や住民に提示し、それぞれがその実現に向けて取り組むことが重要です。
  • 少子化は、日本にとどまらず、韓国や台湾、シンガポールなど、近年急成長を遂げている東アジア諸国・地域に共通して見られるグローバルな社会事象です。その背景にはこれらの国に通底する課題があると考えます。少子化、そして人口減少という新たな人口動態上の変化を軟着陸させ、状況の変化をチャンスと捉え、持続可能な社会を構築しようとする本提言は、同様の問題に直面し、同じように悩んでいる国々に対するメッセージでもあります。本提言が、実際の人口戦略の策定に結びつき、さらに、具体的な政策の実行に結実することを願ってやみません。
  • ※本提言は、有志の集まりである「人口戦略会議」の中間報告であり、今後さらに議論を進め、本年末に最終報告をとりまとめる予定です。

(参考) 人口戦略会議の設置について

1.趣旨
〇日本は本格的な人口減少時代に突入した。現在の基調が変わらない限り、1億2400万人(2023年)の人口は、2100 年には6300万人に半減すると推計されている。こうした未曽有の事態を眼前にして、このままでは、日本経済は「縮小スパイラル」に陥り、国富を失いつづけ、社会保障の持続性が大きく損なわれていくのではないか。また、国際的な地位は低下しつづけ、「小国」として生きるしかないのではないか。わが国の将来に対して、こうした不安を抱く人は多い。
〇私たちは、このような歴史的な転換期にあって、ただ少子化の流れに身を任せていていいのだろうか。今、ここで行動を起こさなければ、日本とその国民が人口減少という巨大な渦の中に沈みつづけていくことは明らかである。
〇このような基本認識を共有する有志が個人の立場で自主的に集い、人口減少という事態に対していかに立ち向かい、持続可能な社会をどのようにつくっていくべきかについて意見交換を行う場として、「人口戦略会議」(三村明夫議長)を設置し、提言するものである。

『人口ビジョン2100』— 安定的で、成長力のある「8000 万人国家」へ —(2024年1月人口戦略会議)https://www.hit-north.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/01/01_teigen-1.pdf