人口戦略会議は2024年1月に「人口ビジョン2100―安定的で、成長力のある『8000万人国家』へ―」と題したレポートをまとめ、岸田首相に手渡し、その後、記者会見を開いてメディアにその内容を説明しました。公表資料(2024年1月9日時点)をもとにポイントを抜き書きします。
人口は半減、4割が高齢者に
- 日本は、ついに本格的な「人口減少時代」に突入しました。すでに数十年前から、子どもの数が減っていく少子化は始まっていましたが、それでも総人口は増えつづけ、2008年をピークに減少に転じた後も減少幅は大きくはありませんでした。しかし、これから事態は大きく変わって いきます。生産年齢人口とされる15 歳から 64 歳の人口は、現在(2023年)約7400 万人ですが、それが2040年までに約1200万人減少し、その後もさらに減りつづけます。現在1億2400 万人の総人 口も、このまま推移すると、年間100万人のペースで減っていき、わずか 76年後の2100年には6300万人に半減すると推計されています。 100年近く前の1930年の総人口が同程度でしたので、単に昔に戻るかのようなイメージを持つかも知れませんが、それは事態の深刻さを過小評価するものです。当時は、高齢化率(総人口の中で65歳以上の高齢者が占める割合)が4.8%の若々しい国でしたが、2100年の日本は 高齢化率が40%の「年老いた国」です。
- このような急激な人口減少を前にして、日本の社会は、経済は、そして、地域は持続可能なのだろうかと、これからの行末に不安を抱く民は多いでしょう。このまま少子化に慣れてしまい、流れに身を任せるだけならば、日本とその国民が、人口減少という巨大な渦の中に沈みつづけていくことは明らかです。
遅れを挽回するラストチャンス
- 「これまで少子化対策を講じても成果が上がらなかったのだから、もはやどうしようもない」とい った諦めに近い意見もあります。しかし、これまでの取り組みは、適切かつ十分なものだったのでしょうか。翻って、過去 10年間の対応を見てみましょう。
- 10年前の 2014 年は、人口問題をめぐり大きな動きがあった年でした。2014年5月に民間組織の日本創成会議(議長:増田寛也)が、人口減少をストップさせ、地方を元気にしていく「ストップ少子化・地方元気戦略」を提言するとともに、このままでは将来消滅する可能性がある 896自治体を発表しました。11月には、経済財政諮問会議の「選択する未来」委員会(会長:三村 明夫)が、政府に対して「人口急減・超高齢化を克服し、人口が 50年後においても1億人程度の規模を有し、将来的に安定した人口構造を保持することを目指すべきである」と提言しました。 人口問題に正面から取り組むべきだとする、これらの提言は大きな反響を呼びました。
- 一方、現実の動きはどうだったでしょうか。出生率(合計特殊出生率)は2015年に1.45まで上昇した後、再び下降しはじめ、現在(2022年)は過去最低の 1.26まで低下しています。年間出生数も、2016年に 100万人の大台を割った後、一気に77万人(2022年)まで低下し、少子化の流れには全く歯止めがかかっていません。「地方消滅」の要因の一つとされている、若年男女が東京圏へ流入する「東京一極集中」の傾向も、依然として変わっていません。
- この間、政府が取り組んできた少子化対策は、待機児童の解消や不妊治療の保険適用など 一定の効果をあげた施策はあるものの、概して単発的・対症療法的だったと言わざるを得ません。前述の「選択する未来」委員会は、少子化対策予算(家族関係支出)が他の OECD 諸国に 比べると低水準にあることを問題視し、「2020 年頃を目途に早期の倍増を目指す」ことを提言しました。その後、政府は予算を増加させてきたものの、家族関係支出対 GDP比(2019 年度)は 1.7%で、スウェーデン(3.4%)の2分の1にとどまっています。2023年、岸田政権が「次元の異なる少子化対策」として「2030年代初頭までに、国の予算の倍増を目指す」方針を表明しまし た。この方針は大いに評価できますが、2014年に提言された時期からは 10年遅れています。地方創生の取り組みも、少子化の流れを変えるという点では力不足であったことは否めません。
- 出生率が高い水準にあるスウェーデンやフランスは、これまで何度も出生率が低下する状況に遭遇しましたが、そのたびに家族政策などの強化を図り、回復を果たしてきました。最近では、我が国同様に低出生率であったドイツが、若者世代の仕事と子育ての両立を可能とするような 抜本的な働き方改革に取り組み、それもあって 2011 年に1.36 だった出生率は 5 年間で1.60(2016年)にまで急上昇しました。
- 少子化の流れを変えることは確かに困難かつ長期にわたる課題ですが、これまで我が国は官民の総力をあげて取り組んできたとは言えないのが実情です。もちろん、遅れはありますが、 まだまだ挽回可能です。決して諦めず、世代を超えて取り組んでいかなければなりません。政府も、「2030年までがラストチャンスであり、我が国の持てる力を総動員し、少子化対策と経済成長実現に不退転の決意で取り組まなければならない」(「こども未来戦略」(2023年12月)) と、危機感を明らかにしています。
- 本提言は、このような基本認識を共有する有志 28名が個人の立場で自主的に集い、人口減少という事態に対していかに立ち向かい、持続可能な社会をどのようにつくっていくべきかについて議論を重ねた結果を報告するものです。
これまでの対応に欠けていたこと
- それでは、一体、これまでの対応において基本的に欠けていた点は、何だったのでしょうか。 本提言では、これを「基本的課題」として三点あげています。
- 第一は、政府も民間も、人口減少の要因や対策について英知を結集して調査分析を行わず、 その深刻な影響と予防の重要性について、国民へ十分な情報共有を図ってこなかったのではないか、ということです。我が国では、出生率の向上というテーマは、かつての「産めよ殖やせ よ」という人口政策への反省もあり、個人の価値観に関わる領域であることを理由に長らくタブ ー視され、人口減少の問題は、一部の政府関係者や有識者といった限られた範囲での論議にとどまっていたきらいがあります。しかし、人口減少問題は、どのような価値観を持った人にも 降りかかり、やがて、否応なしに社会全体の持続可能性を崩していくものです。公的年金制度は典型例です。若い人たちが減っていくと、老後も自立した生活をいくら送りたいと願っても、全ての高齢者の年金受取額が減少していくことは避けられません。このような人口減少が将来引き起こす“重大な事態”について、経済界をはじめ民間へ、さらに国民へ積極的に情報を発信 し、意識の共有を進めていく努力が十分になされてきたとは言えません。
- 第二は、若者、特に育児負担が集中している女性の意識や実態を重視し、政策に反映させるという姿勢が十分ではなかったのではないか、ということです。
- そして、第三は、今を生きる「現世代」には、社会や地域をしっかりと「将来世代」に継承してい 3 くという点で、後世に対する重い責任があることを正面から問いかけてこなかったのではない か、ということです。今後は、こうした基本的課題を念頭に置いた上で、取り組んでいかなければなりません。
安定的で、成長力のある「8000万人国家」を目指す
- 本提言では、今世紀の終わりにあたる 2100 年を視野に据えて、私たちが目指すべき目標を提示しています。その第一は、総人口が“急激”かつ“止めどもなく”減少しつづける状態から脱 し、2100 年までに8000 万人の水準で安定化させることによって、国民が確固たる将来展望が持てるようにすることです。そして、第二は、現在より小さい人口規模であっても、多様性に富んだ成長力のある社会を構築することです。
- これらを通じて実現する、私たちが未来として選択し得る望ましい社会(未来選択社会)とは、 国民一人ひとりにとって豊かで幸福度が世界最高水準である社会です。そして、そのような社会では、「個人の選択」と「社会の選択」が両立し、多様なライフスタイルの選択が可能な社会・ 経済環境が整うこととなります。それは、現世代が社会や地域を将来世代に引き継ぐことがで き、世代を超えた連帯があるような、未来に向けて安定した構造を持つ社会であるとも言えま す。また、国際社会の中で、政治・経済・文化などのさまざまな面で存在感と魅力を有し、国際 貢献をなし得る国家として存続しつづけることが期待できます。
「定常化戦略」と「強靭化戦略」
- 2100 年の目標というと、遠い将来のことのように感じられるかもしれませんが、人口減少の流れを変えていくには非常に長い期間を要するため、今からすぐ有効な施策を実行に移していかなければ達成できません。そのための総合的・長期的な戦略として、本提言は「定常化戦略」と「強靭化戦略」の二つを示しています。定常化戦略は、人口減少のスピードを緩和させ、最終的に人口を安定させること(人口定常化)を目標とする戦略です。そして、質的な強靭化を図り、現在より小さい人口規模であっても、多様性に富んだ成長力のある社会を構築するのが、後者の強靭化戦略です。これらの戦略の内容として、政府や地方自治体、民間、さらに国民が今後取り組むべき論点を取り上げています。
- 「国難」とも言えるこの課題に対しては、政府が人口戦略の立案・遂行を統括する司令塔の役割を担う体制を整備するとともに、立法府においても党派を超えて取り組んでいくことが重要と なります。国会において超党派で本格的に議論することを強く期待します。
- また、人口問題には、働き方改革など社会規範をめぐる課題や個人の価値観にも関わるよう なテーマが多く、その点で企業をはじめとする民間や地域の取り組み、さらには国民的な論議が重要な意味を持っています。
今こそ総合的な「国家ビジョン」を
- こうした総合的、長期的な「国家ビジョン」を議論する場が存在しない、という問題があります。 長らく人口問題を審議する役割を担ってきた内閣の人口問題審議会は、1997年に「少子化に関する基本的考え方について-人口減少社会、未来への責任と選択-」 と題する報告書を採択し、関係各大臣に報告しました。この報告書は、少子化の原因は主として未婚化・晩婚化にあり、それは女性の社会進出の時代に仕事と家庭が両立しがたいために起こっているとし、両立を妨げているのは、固定的な雇用慣行と男女の役割関係であるとして、企業社会と家庭・地域両面でのシステム変革の必要性を訴えました。 その人口問題審議会は2000年に廃止されました。その際、委員の一人は次のような言葉を残しています。「47年の歴史をもつ人口問題審議会は、第85回総会をもって幕を閉じた。・・ し かしながら、日本の少子化問題が政府が望む方向に早急に解決されるとはとても思えない。そのことは、とりもなおさず 21 世紀の日本が必然的に超高齢・人口減少社会に突入していくことを意味する。さらに、そこへ至る過程で補充移民が大きな政策課題となることも容易に予想される。本来は、このような政策課題を総合的に議論する場としての人口問題審議会がこの時代にこそ必要と思えるのであるが、『行政改革』はそのような機会を永遠に奪ってしまった感がある。」今こそ、人口減少という未曽有の事態に対して、総合的、長期的な視点から議論を行い、国民全体で意識を共有し、官民あげて取り組むための「国家ビジョン」が、最も必要なのではないでしょうか。本提言は、その一つの素材となることを、心から願って示すものです。
『人口ビジョン2100』— 安定的で、成長力のある「8000 万人国家」へ —(2024年1月人口戦略会議)https://www.hit-north.or.jp/cms/wp-content/uploads/2024/01/01_teigen-1.pdf