【初級生成AI講座】地域活性化における生成AIの可能性(2)

近年、生成AI(Generative AI)が地域社会の課題解決や活性化の新たな手段として注目されています。地域の観光案内から農業支援、教育・文化の保存、行政サービスの効率化まで、幅広い分野で活用が進み始めています。本レポートでは、日本国内と海外の成功事例を比較しながら、観光業、農業・地方産業、教育・文化振興、行政DXの各分野における生成AIの具体的ユースケースを整理します。また、日本と海外の取り組みの違いや成功要因、導入上のハードルを分析し、今後の展望について考察します。

1. 観光業における生成AI活用

観光分野では、自動ガイドや観光プラン作成、インバウンド対応などで生成AIの導入が進んでいます。旅行者への情報提供や体験向上、人手不足の解消を目的に、日本でも海外でも様々な試みが行われています。

日本国内の事例(観光)

AI観光チャットボット(山口県美祢市「ミネドン」): 山口県美祢市では、市の公式ゆるキャラをモチーフにした観光案内用の生成AIチャットボット「ミネドン」をリリースしました。市内の観光地・特産品・宿泊情報を学習させたChatGPTベースのシステムで、スマートフォンから文字または音声で問い合わせができます 。観光客は旅先で気軽に名所の紹介やグルメ情報を質問でき、自治体公式キャラクターが案内する全国初の試みとなっています。これにより人的な観光案内の手間を補い、訪日客を含めた観光サービスの利便性向上に貢献しています。

空港案内AIアバター(和歌山県南紀白浜空港): インバウンド需要が増える中、南紀白浜空港では多言語対応の観光案内AI「AIさくらさん」を活用した実証実験が行われました。2024年7月から空港内にAIアバターを設置し、旅行者に対し以下のサービスを提供しています。

    • 多言語での観光案内(日本語以外の20言語以上に対応)
    • 交通アクセスや宿泊情報の案内
    • 個々の興味に合わせた観光プランの自動生成
    • 最新イベント・季節情報の提供(公式観光情報をもとにGPTが要約)

このシステムでは地域の公式データ(観光協会サイト、ガイドブック、イベント情報等)をGPT-4で統合・要約し、旅行者ごとにカスタマイズした回答をリアルタイム提供します。例えば「近くのおすすめ観光スポットは?」「○○祭りの開催日は?」といった質問に即座に答え、多言語で案内できるため、外国人旅行者の満足度向上や周辺地域への周遊促進につながっています。空港という玄関口での導入は全国初であり、観光DXによる地域経済活性化のモデルとして注目されました。

観光プラン自動提案(九州観光機構・JTB): 旅行大手JTBと九州観光推進機構は、生成AIを活用した旅行ルート推薦システムを開発し、2024年11月から九州全域で運用を開始しました。ナビタイムの旅行プランニング機能と連携し、複数県にまたがる最適な周遊ルートをAIが提案します。地元の観光事業者が持つ観光スポット情報や知見を集約したデータをもとに、観光客の嗜好に合わせて穴場スポットも含む旅程を生成する仕組みです。提案されたプランは移動距離や時間も自動計算されるため、土地勘のない旅行者でも効率的で実現可能な旅程を組めるメリットがあります。この生成AIレコメンドにより、従来は知られなかったローカルな魅力の発見と回遊促進が期待されています。

海外の事例(観光)

AI旅行プランナー(Booking.com・Tripadvisor): 海外では大手旅行プラットフォームがいち早く生成AIを導入しています。たとえばBooking.comはChatGPT技術を組み込んだ「AI Trip Planner」を公開し、ユーザーの希望に沿った宿泊先や旅程を対話的に提案しています。出発地や予算、好みのアクティビティなど自然言語で入力すると、AIがパーソナライズされた日程を作成し、そのまま予約手続きまでシームレスに繋げられます。またTripadvisorも、数億件の口コミデータを解析する生成AIツールで日別の観光プランを自動生成する実験を行っています。旅行先や同行者、興味分野を入力すると、口コミで評判の観光地や飲食店を組み込んだ詳細なスケジュールが提示され、ユーザーはそれを編集・共有することも可能です。これらの事例は大規模データと生成AIの組み合わせにより、従来は旅行会社に相談していた行程作りがオンラインで完結するようになったことを示しています。

スマート観光都市(アイルランド・ダブリン市): ダブリン市は欧州におけるスマート観光の先進都市として、2024年にOpenAIと提携しGPT-4を活用した観光行程プランナーを開発しました。これは「A Day in Dublin」と題した行程作成プロトタイプで、膨大な市内観光情報とGPT-4の対話能力を組み合わせ、一人ひとりの興味に沿ったユニークな旅行プランを自動生成するものです。一般的なガイドブックに載る画一的なコースではなく、隠れた文化遺産や地元ならではの体験も盛り込んだ提案が可能となっています。このプロジェクトは欧州の他都市にも公開され、スマートシティにおける観光DXのモデルケースとして共有されています。ダブリン市長は「AIによって観光客体験をより豊かにできる」と述べており、欧州各地での展開に期待が寄せられています。以下の表に、観光分野における代表的な生成AI活用例をまとめます。

事例(日本) 特徴・用途 効果・成果
美祢市「ミネドン」 (山口県) ゆるキャラの観光AIチャットボット。市内観光情報を学習し、テキスト/音声で質問に回答​。ChatGPT「ミネドン」をリリース 観光案内の利便性向上。自治体公式キャラがガイドする全国初の試みで話題​。訪日客含む問い合わせ対応強化。
大阪府 OSAKA-INFO多言語Bot GPT-4搭載の多言語観光案内ボット。公式サイト上で20言語以上に対応 インバウンド対応力強化。リアルタイムかつ正確な情報提供で訪日客の満足度向上 。国内初の試みとして他地域も関心 
Booking.com AI Trip Planner (欧米) ChatGPTで旅行者の要望に応じ宿泊先や旅程を自動提案予約システムと連携。 個別最適な旅程を即時生成し、そのまま予約可能。プラン検討から手配までワンストップ化
ダブリンGPTプランナー (アイルランド) GPT-4がダブリン市内の観光プランを自動作成。ニーズに合わせ唯一無二の行程を提案  体験のパーソナライズを実現。市の文化遺産への理解促進と満足度向上に寄与欧州他都市への展開モデルに。

◆比較と考察: 日本の観光分野では、多言語対応によるインバウンド観光支援に生成AIを活用する事例が顕著です。大阪府のように自治体主体で公式データをAIに学習させることで、信頼性の高い情報をリアルタイム提供している点が特徴です。また、美祢市のように地域キャラクター×AIという日本独自の観光PR手法もユニークで、親しみやすさから利用者の関心を惹きつけています。一方、海外では民間企業主導の大規模サービスに生成AIを組み込み、個人最適化や利便性向上を図る動きが活発です。欧米の旅行者はセルフサービス志向が強く、AIが提案から予約まで担う仕組みに抵抗感が少ないことも普及を後押ししています。また欧州ではダブリンのケースのように官民連携で実証実験を行い、成功モデルを各都市に水平展開しようとする動きも見られます 。技術面では、日本語や多言語対応では公式データや地域知識を組み込むRAGが重要であり、海外でも公共データとGPTを組み合わせる工夫が共通しています。(RAG) とは、大規模言語モデル(LLM)が外部データを検索し、取得した情報をもとに正確な回答を生成する手法。導入のハードルとしては、誤った情報提供への懸念や初期構築コストが挙げられますが、日本では自治体サイトの信頼データを使うことで精度確保に努め、海外では大規模ユーザー基盤を活かし利用フィードバックで改善を図っています。

2. 農業・地方産業における生成AI活用

農業(スマート農業)や地場産業の分野でも、生成AIが知見共有や商品開発支援に役立ち始めています。高齢化や人材不足が深刻な地域産業において、AIが専門知識提供やクリエイティブ支援をすることで、生産性向上や新商品創出につなげる狙いです。

日本国内の事例(農業・産業)

農業知識特化型GPTの開発(農研機構): 日本では、農業分野の専門知識に特化した生成AIモデルが開発されています。国立研究機関の農研機構は国内初の農業特化型生成AIを開発し、2023年10月より三重県で試験運用を開始しました。このAIはインターネット上の公開情報に加え、全国の農業試験場やJAが持つ栽培マニュアル・営農記録など非公開の専門データも学習している点が特徴です)。例えば、品種ごとの栽培法の違いや地域ごとの土壌・気候条件に応じたノウハウなど、日本の現場知識を大量に取り込みました。現在このモデルをチャットボットと組み合わせ、三重県の普及指導員(農業改良普及センター職員)に提供し、イチゴ栽培に関する相談対応の効率化を図っています 。現場からは「調査・回答に要する時間が大幅短縮できる」と期待が寄せられており、農研機構は今後対象作物を拡大し全国の指導員ネットワークに展開する計画です。この取り組みは、新規就農者への技術支援やベテラン農家でも知らない最新技術の提供を通じて、農業者の知識習得を支援し農業の持続発展に貢献すると期待されています。

特産品開発へのAI活用(山村乳業の事例): 地域の食品メーカーが生成AIを商品開発に活かした成功例もあります。三重県伊勢市の老舗乳製品メーカー・山村乳業は、ChatGPTを「開発アドバイザー」として活用し、新感覚スイーツ「山村ぷりんバー」を開発しました。従来、プリンはカップ容器入りで提供され歩きながら食べることが難しかったため、同社は「棒付きで食べ歩けるプリン」を発案しました。しかしプリンを棒に刺すには固さや形状を工夫する必要があり、試行錯誤が続きました。そこでChatGPTに物理シミュレーションの視点で相談し、プリンの粘度や棒の断面形状などのパラメータを調整する助言を得たところ、食感を維持しつつ崩れない絶妙な固さの配合が見出されました。AIの提案を基に試作を重ね、結果的に棒付きでも落ちないプリンが完成したのです。開発プロセスでは、ChatGPTに複数回質問し最適解を探索することで、開発期間を大幅に短縮できたといいます。この商品は発売後に話題となり、山村乳業は「AI導入の意義を実感した。今後の新商品開発にも積極的にChatGPTを活用したい」とコメントしています。中小企業でも生成AIをブレーンとして活用すれば、限られた人材でも革新的な商品を生み出せる好例として注目されています。

(地方の食品製造業の商品開発における生成AI活用法 | 食のブランディングと販路開拓を行う地域商社「いわきユナイト」)

地域特産品PRへの生成AI活用: また、地方自治体や企業が特産品や観光地PRのためのコンテンツ制作に生成AIを使う例も出てきました。例えば沖縄県では、地域の魅力を発信するテレビCMを生成AIで制作する試みがありました。沖縄の伝統文化や美しい風景を反映したCMシナリオをAIが生成し、映像編集やナレーション音声もAIで自動生成することで、低コストかつ効果的に地域PR映像を作成しています。これにより地域の特色を盛り込んだ宣伝コンテンツを短期間で制作でき、SNS等での話題喚起にもつながっています。今後、観光プロモーションや地場産品の広告制作において、人手や予算の不足を補うソリューションとして期待されています。

Writer :  鈴木和浩