「実務家教員育成プログラム」のススメ~受講生の立場から~

佐藤暢(地域活性学会 中国四国支部 事務局長)

みなさんこんにちは、地域活性学会中国四国支部事務局長の佐藤暢です。民間企業、行政機関、公立大学(それぞれ約10年)の“ひとり産学官連携”、一応「実務家」です。さて早速ですが、このたび「実務家教員育成プログラム」の履修証明を取得いたしました。私は今のところ教員ではありませんが、実務家教員を志向する皆様にもオススメできるのではないかと思い、僭越ながら筆を執らせていただきました。

どのようなプログラムか?

今回、私が受講したのは「産学連携教育イノベーター育成プログラム」です(2021年度、第2期生)。代表校は東北大学ですが、このプログラムには4つのコースが用意されており、このうちの「インストラクショナルデザイン指導力育成コース」(担当校:熊本大学)を選択しました。ちなみにこの「産学連携教育イノベーター育成プログラム」は、文部科学省の「持続的な産学共同⼈材育成システム構築事業」に位置づけられた「実務家教員育成研修プログラム」です。コースは、産学連携教育イノベーター育成プログラム(代表校:東北⼤学)、進化型実務家教員養成プログラム(代表校:名古屋市⽴⼤学)、実務家教員養成課程(代表校:社会情報⼤学院⼤学)、実務家教員育成研修プログラム(代表校:舞鶴⼯業⾼等専⾨学校)の4つです。

産学連携教育イノベーター育成プログラムの科目構成と履修構造https://jitsumuka.jp/innovator/entry2022/

プログラムの詳細

産学連携教育イノベーター育成プログラムは大きく次の4つの科目から構成されています。当初はリアルに対面する集合型の開催方法も予定されていましたが(たとえば専門領域別科目の演習とか、教育イノベーター実践演習科目の最終成果発表会とか)、コロナ禍の2021年度においては全てオンライン開催となりました。しかしオンラインとはいっても、非同期型(ビデオ講義を受講し、成果物等を提出)、同期型(講義や演習、受講者同士のワークショップやディスカッション)など、さまざまな方式が展開されます。また、毎回の講義や演習に当たっては事前学習と事後学習が繰り返されます。たとえば、「①大学教育基礎力科目」では毎回の授業について、ビデオ講義の視聴→必読文献を読む→Moodle上の小テストに解答→疑問点や自ら調べ考えたことなどを掲示板に投稿→他の受講者の投稿を読み相互にコメント、といったアクションがあります。また、「③専門領域別科目」のシラバス設計に関する演習(教育改善演習、学習環境構築演習)では、事前学習としてシラバス(素案)の用意、ビデオ講義の受講、受講内容を踏まえたシラバスの改訂、同期学習(オンライン)によるワークショップ、掲示板での受講者間のディスカッション、これらを通じたシラバスの再改訂、事後学習として最終成果物の提出、といったアクションがあります。

①大学教育基礎力科目(15時間)。大学で授業を担当する際に必要となる基礎的な知識・技能を学ぶ。全12回のオンライン(非同期型)講義。全学習終了後にレポート提出。

②汎用的教育実践力科目(9時間)。大学で授業を担当し、研究指導を行うために必要な知識・スキル等を修得する。オンライン(同期型)による演習3回。各回に提出物あり。

③専門領域別科目(24時間)。インストラクショナルデザイン指導力育成コースに関しては、大学の授業の設計を効果的・効率的・魅力的に改善するためのスキル修得と、改善された設計を実践するための教育環境改善構築のためのスキル修得を目的とした演習。非同期型の演習4回と、同期型の演習2回。各回に提出物あり。

④教育イノベーター実践科目(12時間)。実践知と学術知の往還を意識しながら新規の取組み(授業、カリキュラム、プロジェクト等)を自律的に構想し、発表・討論。最後にリフレクションレポートを提出(本プログラム全体の学びと成果を振り返る)。

上記の括弧書きの時間数は、プログラムのガイドブックに掲載されている、事前学習や事後学習など一連のアクションを含めた所要時間です(総計60時間)。私の場合、とてもこの時間数では終わらず、3-4倍の時間をかけていたと思います。2021年7月から12月の休日は、このプログラムにかかりきりでした。繰り返しますが、単に講義を視聴するだけでなく、毎回のような小テスト、自ら調べ気づいたことを掲示板に投稿、他の受講者の投稿にコメント、他の受講者からいただいたコメントへの対応、成果物を何度も改訂・・・といった具合で、スケジュール管理も大変です。しかしオンラインとはいえ受講者間の対話と交流を密に行うことになるので、ともに学びあう仲間としてのネットワークは広がります。

「教育」を学びたい。

受講のきっかけは、「教育に関して体系的に学びたい」との想いからでした。実務家教員を目指す(あるいはすでに実務家教員である)皆さんも、学会発表や論文投稿、あるいは博士課程への進学など、研究実績を積んでいることと思います。私も、実務の傍ら研究活動を進めておりますが、教育に関しては、大学でのゲスト講義や、非常勤講師の経験はあるものの、たとえば授業デザインとかカリキュラム設計とか、大学教育について学ぶ機会はありませんでした。教育研究職に就くことを将来的なキャリアプランとして思い描くとき、これは一つの課題ではないかと感じていました。

産学連携イノベーター育成プログラム開講案内(2022年度は4月1日から募集開始)https://jitsumuka.jp/innovator/entry2022/

コロナ禍における教育の混乱

2020年4月、国立情報学研究所主催の「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」において、熊本大学の鈴木克明教授の講演を拝聴する機会がありました。私がこのシンポジウムに参加した当初の目的は、コロナ禍における遠隔教育のあり方を学ぶことでしたが、鈴木教授の講演を通じて「インストラクショナルデザイン」のことを知りました。教育活動の効果と効率と魅力を高めるための工夫、またそれらの応用による学習支援環境を実現するプロセスに興味を持ち、参考書を買って読んだりもしましたが、実のところピンと来ないのです。座学による自習では限界があるなあ、より体系的に学ぶ機会は無いものか・・・。

インストラクショナルデザイン

そんなことを思っておりますと、あるときインターネットで「大学改革を担う実務家教員フェア2021」(2021年3月20日開催)の情報が入ってきました。そこには「産学連携教育イノベーター」とあります。日頃から産学官民連携の実務や研究に携わる立場として、この用語は少なからず奇異な表現に見えました。「“産”と“学”が連携して、教育をイノベーションするとは、果たしてどういうことか・・・?」そんな興味本位もありつつ、この実務家教員フェアへの参加申込みをしました。ここで得られた情報はそれぞれに興味深いものがありましたが、思いもかけずインストラクショナルデザインを学べる機会があることを知り、受講を決めました。

受講してどうだったか?

じつのところ、思っていた以上に苦悩や困難の連続でした。前出の鈴木克明先生は著書「教材設計マニュアル」の序文で、「インストラクショナルデザインに基づく教育設計は面倒に見える」といった旨を述べています。振り返ってみると、私が本プログラムを受講した動機は、「インストラクショナルデザインを効率よく(敢えて言えば「てっとり早く」)身につけたい」といった、軽い気持ちであったのかもしれません。本プログラムは鈴木先生のいう「面倒」をはるかに越えた、私にとっては辛く厳しい体験となりました。しかし、このような体験を通じて、教育の本質に迫る大きな学びを得ることができたと思っています。最後まで支え、導いてくださった指導教員の皆様、対話と交流を通じて多くの示唆をいただいた他の受講者の皆様には、この場を借りて感謝を申し上げます。

研究者と実務家を繋ぎ理論と実践の両面から迫る

また、大学教育を取り巻く環境の変化(社会の変化に伴い、大学の変革が求められていること。その中で、実務家教員への期待が寄せられていること)、大学教育のあり方(教員が何を教えるかではなく、学生が何を学んだかが重要であること)、学生・学習支援のあり方(学生目線に立った学習評価が重要であること。学習評価を効果的にもたらすための授業デザインが重要であること)など、大学教育全般についての学びを得ることもできました。さらには、いわゆる大学の3つのポリシーやカリキュラムマネジメント、リベラルアーツやSTEM/STEAM人材育成など、大学のありように関わる話題に触れる機会にもなりました。ところで「産学連携教育イノベーター」ですが、そのココロは「学びと社会を繋ぐ実践知と学術知の往還、および、学習成果エビデンスに基づく教育変革の先導」といったところにあるようです。おや、これは、研究者と実務家を繋ぎ、理論と実践の両面から地域活性のありように迫るという、地域活性学会の方向性とも類似しているところがあるようにも思いますが、いかがでしょうか?

参考サイト:文部科学省「持続的な産学共同⼈材育成システム構築事業」

Writer:佐藤暢(地域活性学会員)