【自治日報】地域再生、地方創生と格差是正(斉藤俊幸)

社会保険の利子活用を活用したパッケージ事業(雇用対策)左から樋口美雄慶応大学教授、左3番目山内道雄海士町長、左4番目斉藤俊幸(2005年)

自治日報で小泉内閣の地域再生事業から安部内閣の地方創生事業までの回顧を書かさせていただきました。総務省椎川忍氏が地域おこし協力隊を制度化したころ、厚生労働省の山崎史郎氏が地方消滅を書き地方創生事業に入ってきたころを複数の官僚のみなさんの証言でまとめるオーラルヒストリーとしてまとめています。小田切先生からは「あの頃は一番光っていた。この記事は資料的価値がある。次著はこの周辺で書いてみては」とのメールをいただいています。現場から見上げていた制度の流れ、ご一読ください。

地域間競争が旗印の小泉地域再生事業

小泉内閣の地域再生事業は地域間競争を提唱した。今まで格差是正を目的に均等に配分されてきた補助金であるが選択と集中の考え方によりやる気を見せる地方自治体に集中的に事業費が交付されることになった。小泉地域再生事業では規制緩和、外部専門家の派遣、雇用対策が新たな道を開いたと言われたが、これらは事業費のかからない法律改正や宝くじ収益金、社会保険の利子の活用によって実施された。私は宝くじ収益金を活用とした総務省ふるさと財団の初代地域再生マネージャーとして2004年に熊本県荒尾市に住み込み活動した。なぜ住み込み活動したのかと言えば、2003年の麻生総務大臣の資料に「当事者として地域に入り、市町村等に常駐、長期の招へい、成功報酬制度」と書いてあったからだ。荒尾市の地域再生事業では畑で農作物を生産し、加工品を作り、直売所を開設し販売する資金循環ルートを構築した。資金循環に係る生産組合、加工組合、販売組合を組成し組合員数を新規雇用数として国に報告した。これが雇用対策で普及した「内発型雇用創造」と言われるものだ。直売所の開設では「買い物難民」の存在を発見し、新聞で大きく報道され、国に届いた。その後外部専門家の視点に着目したのが総務省の初代地域力創造創造審議官の椎川忍氏だった。椎川氏は私が活動する現場を訪問し、その後地域力創造アドバイザー、地域おこし協力隊を制度化した。時を同じくして内閣府でも「例えば斉藤さんのような人」との注釈付きで地域活性化伝道師を人選し制度化した。地域再生マネージャーが火元や導火線となり、多くの外部専門家派遣制度が誕生した。小泉内閣の地域再生事業の成功の要因はもうひとつある。それは私のような従業員が社長一人の会社が地方自治体との随意契約をふるさと財団が保証し締結したことだ。当時40代の若者が小泉内閣の地域再生事業に意気を感じ働いた。ここが新しい事業を成功させるために最も重要だ。これは大きな教訓となるだろう。

 

地方消滅から始まった安倍地方創生

安部首相は松江市で開催された地域おこし協力隊との車座の座談会で「これからは地方創生の時代だ」と宣言し、地方創生事業が始まる。国の地方創生委員会では、地域再生事業の雇用対策の制度化に貢献した樋口美雄慶応大学教授が入り、地域再生事業から地方創生事業への引継ぎが行われた。地方創生事業には毎年1000億円の税金が投入されることが法律で決まり事業は開始された。私は2014年に農水省で開催されていた農福連携委員会に委員として参加していた。そこで出会ったのが当時消費者庁次長の山崎史郎氏だ。山崎氏は「地方消滅」(中公新書)の著者の一人で、その後、内閣官房まちひとしごと創生本部の総括官に就任する。山崎氏から地方創生事業に力を貸してほしいと声をかけられ市町村の地方創生事業の普及を進めることとなった。

 

激化する地域間競争

人口減少社会に入り、地域再生マネージャー、地域おこし協力隊、関係人口と地域外の人材に着目した制度化はますます拡大している。政府は地方創生 2.0 基本構想骨子(案)を発表した。「関係人口」を中心とした循環型の人材交流を基本姿勢・視点の中で掲げ、10 年後に目指す姿の指標として関係人口の実人数と延べ人数を指標として設定しふるさと住民登録制度の創設を宣言した。しかし地域おこし協力隊の誘致、ふるさと納税の争奪、インバウンド誘致などに加え、2地域居住者誘致合戦も始まるのだろうか。これでは地域間競争がさらに激化し、地方はますます疲弊する。世代間格差と所得格差が顕在化する中で格差を嫌悪する若者が増えている。構造的不平等の解消や既得権益の是正などを主張する若者も生まれ、それに共感する若者も多いのではないか。小泉首相の地域再生事業、安倍首相の地方創生事業と「競争」を指向してきたが、石破首相の地方創生2.0では「格差是正」に再び振り子を戻すことも検討範囲だ。格差是正や選択と集中は固定されたものではなく相対的かつ周期的な性格を持つ価値基準である。国の政策が人口の地方への分散が目的であるのであれば、まずは、大切なものとして優遇される地方の実現が急務であり、それには農村で幸せに家族と過ごしたいという農業者へ向けた所得補償や成長を指向しない適正規模農業への支援、過疎地域の国民的経営の在り方を真摯に議論すべきだと思う。