【茨城大学情報-2】フィールドサーベイ(県北コース)

ひたちなか海浜公園

ひたちなか海浜公園(国営ひたち海浜公園)は、茨城県ひたちなか市に位置する広大な公園で、太平洋に面しています。この公園は、四季折々の美しい花々と広々とした緑地が特徴で、年間を通じて多くの観光客を魅了しています。春には約530万本のネモフィラ(ベビーブルーアイズ)が咲き誇り、特に人気があります。その他にも、スイセンやチューリップ、バラ、コスモスなど、季節ごとに異なる花が楽しめます。

常陸那珂工業団地

常陸那珂工業団地は、茨城県ひたちなか市に位置する大規模な工業団地で、先端技術産業を中心に様々な業種が集積しています。この団地は、茨城港常陸那珂港区に隣接し、北関東自動車道に直結しているため、優れた交通アクセスを誇ります。

鈴木ハーブ研究所

東海村産業情報プラザ(県北コース昼食と市長講演を予定)

日鉱記念館(レアメタルで脚光)

JX金属は、オーストラリアの鉱山会社RZリソーシズとの契約を通じて、レアメタルの権益を取得し、注目を集めています。この契約により、JX金属はRZリソーシズが所有する鉱床の5%の権益を取得するために、段階的に約18億5000万円を拠出することになります。この鉱床は、ジルコンやモナザイト、イルメナイト、ルチルなどの鉱物を含んでおり、2030年頃から本格的な採掘が見込まれています。JX金属は、半導体材料事業においてレアメタルの安定供給を確保することを目指しており、特に先端半導体に必要不可欠な材料としての重要性が増しています。レアメタルはその希少性から、世界的に獲得競争が激化しており、安定的な供給が課題となっています。この背景から、JX金属は比較的少ない投資でサプライチェーンを強化できると考え、今回の契約を結ぶことに至りました

日立製作所は日立鉱山の社内ベンチャーとして誕生

日立製作所は、1905年に久原房之助によって設立された日立鉱山の社内ベンチャーとして誕生しました。創業者の小平浪平は、日立鉱山での電気機械修理工場を基に、優れた自主技術の開発を目指しました。彼は、外国製品に依存せず、日本国内での技術力向上を志し、1910年には初の純国産モーターを開発し、正式に日立製作所を設立しました。日立鉱山は、当初は赤沢銅山と呼ばれていましたが、久原が経営に乗り出し、日立鉱山と改名して本格的な開発を開始しました。この鉱山は、日立製作所の成長の基盤となり、後に多様な産業分野へと展開する礎を築きました。小平は、日立鉱山での経験を活かし、電気機械の国産化に取り組み、日立製作所を通じて日本の産業発展に寄与しました。彼の理念は、現在も日立の企業文化に深く根付いています

日産コンチェルンは3大財閥

日産コンツェルンは、昭和初期に設立された日本の新興財閥であり、鮎川義介が中心となって形成されました。この財閥は、1928年に久原鉱業を改組して日本産業株式会社を設立したことから始まりました。日産コンツェルンは、満州事変や金輸出再禁止といった経済的背景を利用して急成長し、傘下には日本鉱業や日立製作所、日産自動車など多くの企業が含まれていました。日本鉱業は現ENEOSホールディングス。

産業あればこその教育、病院、福利厚生、生協、住宅

御岩神社は日本最強のパワースポット

茨城県日立市の御岩神社は、アポロ14号の宇宙飛行士エドガー・ミッチェル氏や日本人宇宙飛行士の向井千秋さんが、宇宙から「光の柱」を目撃したという逸話で知られる日本最強のパワースポット

常陸太田道の駅(黄門さまの別荘「西山荘」と格さん・助さん)

西山荘

西山荘は、江戸時代の水戸藩二代目藩主・徳川光圀公が晩年を過ごした隠居所です。元禄4年(1691年)から元禄13年(1700年)までの間、ここで『大日本史』の編纂に関わりました。建物は質素で、茅葺きの平屋建てであり、内部は装飾がなく、自然の美しさを楽しむことができます。四季折々の風景が楽しめる場所としても知られています。

格さんと助さんのお墓

格さんのモデルである安積澹泊(あさかたんぱく)の墓は、水戸市の常磐共有墓地にあります。この墓地は水戸藩士のために設けられたもので、格さんはここで大日本史の編纂に貢献した儒学者として知られています。墓地内には多くの水戸藩士の墓があり、格さんの墓は特に目立つ位置にあります。助さんのモデルである佐々宗淳(さっさそうじゅん)の墓は、常陸太田市の正宗寺にあります。正宗寺は静かな場所にあり、助さんの墓はその境内にひっそりと存在しています。助さんもまた、光圀公の側近として活躍し、『大日本史』の編纂に関与した人物です。