千葉大特任教授 牧慎太郎
9月5~6日に茨城大学で開催された地域活性学会第18回研究大会の域学連携部会セッションにおいて発表した「大規模災害に備えた産官学連携による取り組み」について、こちらのサイトでもご紹介します。私が特任教授を務める千葉大学災害治療学研究所は、2019年の令和元年房総半島台風、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大を契機として、2021年10月に設立された新しい研究所です。災害治療学研究所のミッションは、大規模災害時における災害関連死や健康被害を防ぎ、住民の生命と健康を守ることです。地震や台風・豪雨などの自然災害に加え、原発事故による放射線災害、感染症の拡大(パンデミック)など、災害リスクは多様化・複合化しています。そこで当研究所では、発災直後から中長期にわたる健康被害を最小化するため、医学、薬学、看護学だけでなく、理学・工学、情報・データサイエンス、社会科学、園芸など、千葉大学が有する幅広い専門分野の知見を横断的に結集し、持続可能でレジリエントな社会の構築を目指しています。2023年3月には研究所の建屋が竣工し、研究設備も整った2024年4月に私は特任教授に就任しました。そして、国や自治体、民間企業と連携して、災害から住民の命や健康を守る仕組みづくりや災害医療に関連する技術の実証・社会実装を進めています。
能登半島地震や房総半島台風の教訓
私がまず問題意識を持ったのは、2024年1月の能登半島地震において、電力や地上系通信の途絶が医療活動に及ぼした影響です。令和元年房総半島台風の際にも、千葉県南部では広域停電により医療施設や介護・福祉施設で大きな支障が生じました。千葉大学では、感染症流行下の地域医療を支援するための医療コンテナを保有しており、能登半島地震では、1.5次避難先となった金沢市内の公園で臨時の医療施設として活用しました。しかし、能登半島の震源地周辺のように、地上系通信や電力の供給が途絶した地域では医療活動に大きな制約があり、衛星通信機能の付いたオフグリッド(電力自給型)医療コンテナを開発・実証しておく必要があると考えました。
館山市との防災連携協定と大規模地震時医療活動訓練
2024年8月、災害治療学研究所は千葉県館山市と防災に係る連携協定を締結しました。館山市は、関東大震災や元禄地震において、津波などによる被害が千葉県内でも特に大きかった地域ですが、市内には公立の総合病院がありません。また、館山市のような半島先端部では、内陸部と比較して送電線のルートを多重化することが難しく、道路網も限られているため、倒木や土砂崩れが発生すると復旧作業が遅れ、停電が長期化するリスクがあります。そこで、2024年9月に実施された内閣府の大規模地震時医療活動訓練に合わせ、産官学の連携により、館山市の道の駅「グリーンファーム館山」において、オフグリッドで稼働するコンテナ型とトレーラーハウス型、2タイプの「運べる診療室」の実証実験を行いました。この「運べる診療室」は、太陽光や風力によって電力を自給できるほか、地上の通信網が途絶しても衛星回線で通信が可能です。衛星通信については、奈良先端科学技術大学院大学とも連携し、スカパーJSATの静止衛星回線と衛星通信網スターリンクの双方を活用しました。DMAT(災害派遣医療チーム)の活動状況や病院の受け入れ可能状況を把握できるEMIS(広域災害救急医療情報システム)に接続するとともに、マイナンバーカードを使って傷病者の通院歴や処方薬などの情報を確認し、さらに千葉大病院と衛星回線で接続して遠隔診療の実証も行いました。
オフグリッド「運べる診療室」の進化
2025年1月に東京ビッグサイトで開催された防災産業展では、館山市の実証実験で使用したトレーラーハウス型のオフグリッド「運べる診療室」を展示しましたが、その後も当研究所の野田太一特任教授が社長を務めるKTX株式会社と協力して改良を加え、202026年1月の同展では原子力事故などによる放射線災害への対応として診療室を陽圧化する機能や、感染症対策として陰圧化する機能を備えた新型の「運べる診療室」を開発・展示しました。新型トレーラーハウスでは、航空機にも使用されるアルミニウム合金を用いて車体を軽量化し、牽引免許なしに普通車で移動できる仕様にしています。さらに現在、津波から逃れて命を守るシェルター機能も付加した次期モデルの研究開発も進めています。この電力自給型トレーラーハウスは、炎天下でも太陽光発電と蓄電池によって冷房を安定的に稼働できるため、熱中症対策として空港の駐機場に設置され、猛暑の中で働くスタッフの休憩室として活用されるなど、平時における用途も広がっています。
千葉大学医学部機能別消防団の創設
災害への備えはハード面だけでなく、実際に現場で活動する人材も重要です。千葉市消防団CUMST(Chiba University Medical Support Team)は、千葉大学医学部生で構成される機能別消防団で、大規模災害時の応急救護や避難所における被災者の健康管理などを担います。私が熊本市副市長として2014年に創設に携わった熊本市消防団の学生機能別団員「防災サポーター」は、2016年の熊本地震において避難所での支援物資の仕分けなどに活躍しました。そこで、千葉市でも災害医療に役立つ学生機能別消防団を創設してはどうかと神谷市長に提案。全国医学生BSL(一次救命処置)選手権大会の総合部門で準優勝した実績を持つ千葉大学医学部救急サークル(C-TAT)を母体として、2025年1月にCUMSTが創設されました。CUMSTは千葉大病院と千葉市消防局が合同で毎年秋に実施する多数傷病者受入訓練に参加しているほか、市民を対象としたAED(自動体外式除細動器)講習などにも取り組んでいます。
医薬品を空から運ぶ「ドローンハイウェイ」
千葉市のような市街地上空では、航空法によりドローンの飛行が制限されています。能登半島地震を契機として策定された「規制改革実施計画」(2024年6月閣議決定)では、それまで災害時において人命捜索や救助活動に限定されていた事前許可を必要としないドローン飛行の適用範囲が、医薬品などの緊急搬送にも拡大されました。また、千葉市は国家戦略特区に指定されており、ドローンをはじめとする先端技術の研究開発や実証実験をワンストップで支援する体制が整っています。ちょうど市内中心部を流れる都川沿いには、災害対策本部が設置される千葉県庁や千葉県警、千葉市消防局のヘリポートもあり、千葉大病院のある亥鼻キャンパスも都川に隣接しています。そこで、災害治療学研究所では千葉市と連携し、首都直下地震などによって道路網が寸断された場合でも都川の上空を活用して、橋脚の下を通過しながら安全にドローンが医薬品や血液製剤などを搬送できる「ドローンハイウェイ」構想の実現に向けた実証実験に取り組んでいます。千葉大学は、自律飛行技術の分野で世界トップレベルの研究実績を有し、日本ドローンコンソーシアム会長を務める野波健蔵名誉教授を中心に日本のドローン技術を牽引してきました。野波研究室出身の鈴木智准教授が率いる千葉大学チームは、福島県で開催された国際ロボット競技会ドローン部門において、災害時を想定して13km離れた建物の窓から建物内に侵入して傷病者を捜索するミッションを達成して優勝を果たしています。実証実験では、準天頂衛星みちびき用アンテナ、水面からの距離を測るミリ波レーダ、ステレオカメラを搭載した防水機体のドローンを開発し、東京湾から都川上空を飛行して千葉大病院へ医薬品などをドローンで搬送できる体制の構築を目指しています。その一環として、今年の9月3日には千葉市消防局の協力のもと、東京湾上で消防艇から医薬品を運ぶドローンを離着陸させる実証実験を実施し、10月3日に千葉大病院が千葉市消防局と連携して実施する多数傷病者受入訓練に合わせて、都川上空を千葉大病院のある亥鼻キャンパス近くまでドローン搬送する実証実験を行う予定です。
原子力防災―屋内退避施設の陽圧化
災害治療学研究所では、自然災害だけでなく、原子力災害への備えにも取り組んでいます。研究所には、福島県立医科大学の坪倉正治教授や原子力規制委員会の神田玲子委員をはじめとする専門家が客員教授として参画し、新日本空調株式会社と放射線災害対策に関する共同研究を進めています。この取り組みの一環として、2025年3月には中部電力浜岡原子力発電所の立地自治体である静岡県御前崎市で、同年12月には東京電力柏崎刈羽原子力発電所の立地自治体である新潟県柏崎市で、屋内退避施設陽圧化の実証実験を実施しました。実証実験では、室内の気圧を外気より高く保つことで放射性物質の流入を抑える陽圧化装置を稼働させ、窓を一部開放した場合の室内気圧の変化や密閉された空間で暖房器具を使用した際の二酸化炭素(CO₂)濃度の上昇などを測定しました。もし原発事故が起きても放射性物質の侵入を防ぎ、屋内退避した住民の健康被害を未然に防止するため、これらの実証実験を通じて必要な基礎データを収集しました。
産学官民の力を結集するSHIELD
ここまで紹介した取り組みに共通するのは、災害医療を「医療だけの問題」として捉えていないことです。通信、電力、輸送、構造設計、給水、食・栄養、DXなどを担う企業の技術を組み合わせ、国や自治体とも連携してこそ、実効性のある災害への備えが可能になります。こうした考えのもと千葉大学災害治療学研究所を中心に設立したのが、産学官民連携による共創プラットフォーム「大規模災害時医療活動研究会」です。代表は災害治療学研究所の田中知明所長で、私も副代表を務めています。本研究会は、英語名称を「Society for Health Innovation in Emergencies and Large-scale Disasters」とし、その頭文字から「SHIELD(シールド)」と名付けました。英語で「盾」を意味するSHIELDには、災害から人々の命と健康を守る存在になるという思いが込められています。2026年5月9日に千葉市内で開催した設立総会には、内閣府で大規模地震時医療活動訓練を担当する小谷敦審議官や千葉市の神谷市長を来賓に迎え、千葉大学の理系・文系にわたる学部や他大学医学部の教授、企業関係者などが参加。日本DMAT指導者でドラマ「コード・ブルー」の医療監修も務めた当研究所の本村友一客員准教授が記念講演を行いました。また、8月28日には新日本橋三井タワーで第2回研究会を開催。放射線災害対策をテーマに坪倉正治教授が基調講演を行い、神田委員も登壇。量子科学技術研究開発機構放射線医学研究所の内堀幸夫所長や原子力規制庁の職員も参加して、原子力発電所の再稼働が進む中、万一の事故発生時に住民の命と健康を守るために必要な対策について考えました。
2026年7月に発生した令和8年熊本地震でも、当研究所から特任教授、客員教授らが現地入りし、被災地における課題を検証しました。首都直下地震や南海トラフ地震など、今後発生が想定される大規模災害に備え、これからも千葉大学災害治療学研究所は産学官民の力を結集し、住民の命と健康を守るための研究開発と社会実装を進めていきたいと考えています。
1986年自治省へ入省。総務省では情報通信政策局地方情報化推進室長、自治行政局情報政策企画官、行政管理局管理官(文部科学省・法務省等担当)、地域力創造グループ地域自立応援課長、消防大学校長を歴任。奈良県、北九州市、島根県、北海道、兵庫県、熊本市など地方勤務も数多く経験。現在、千葉大学特任教授、立教大学大学院客員教授、自治大学校客員教授、全国過疎地域連盟専務理事、総務省地域力創造アドバイザー、内閣府地域活性化伝道師、日本山岳会会員(日本三百名山を完登し、キリマンジャロにも登頂)著書『山族公務員の流儀』、時事通信社「地方行政」に 『山族公務員の視点』 を連載中
【ホームページ】https://maki13378.jimdofree.com/

