雁の歌

大和田順子

大和田順子さんは大学卒業後に百貨店に就職。その後、コンサルタント会社へ転職とキャリアを積み重ね、総務省の地域力創造アドバイザーに就任。また今は同志社大学教授として活躍しています。働きながら6年半をかけて博士号を取得。実に頑張りました。環境に関する鋭い視点を持ち、農水省の世界農業遺産等専門家会議委員に就任などの他、宮城県大崎市のプロジェクトで総務大臣表彰を受賞したばかりです。まさにJKの鏡ですね。今回は大崎市の雁のお話です。何回か投稿いただく予定です。お楽しみに。(斉藤俊幸)

雁からの招待状

ある初夏の日、一枚のはがきが届きました。知人から異動を知らせるものでした。裏面には無数の鳥が朝日に向かって飛び立っていく写真が印刷されていました。今思えば、それは蕪栗沼の雁からの招待状だったのでした。蕪栗沼は宮城県大崎市にある北上川の支流にある遊水地。しゅんせつ工事なども行われたことがなく、沼と言ってもその多くが葦原で、四季を通じて様々な野鳥など生きものが棲息しています。写真には「蕪栗沼・マガンの飛び立ち」というキャプションが添えられていました。大崎市、蕪栗沼、マガン(雁)、いずれも初めて見る言葉でした。そこで調べてみると、かつて全国にいた雁は毎年秋になるとシベリアから渡ってきて、冬を越し、春になると帰っていっていくこと。切手にもなった「月に雁」は、江戸時代の浮世絵師、歌川広重が描いたもので、広重は「近江八景」の中の「堅田落雁」、「金沢八景」など各地の景色にも雁をしばしば描いていました。「二十四節気」をさらに三分割した「七十二候」には「鴻雁来(こうがんきたる)」(10月初旬)、「鴻雁北」(こうがんきたへかえる)(4月中旬)とあるように、日本の四季を表すものでした。しかし、第二次世界大戦後、高度成長に伴い、安心して過ごせるねぐらと日中落ち穂をついばめる水田がセットになった地域が減り、今では宮城県北部で9割の雁が越冬するだけとなったこと。また、狩猟などでその数も減り、一時は数千羽まで減ってしまったが、雁を愛する人たちが自治体や関係省庁に働きかけ、天然記念物として保護することになり、その数は次第に増えていったことなどがわかりました。

親しみを込めて「とりっこ」と呼んでいます。

稲刈りの頃、毎年シベリアから渡ってくる雁の群れ。V字になって飛んでいますが、家族単位だそうです。鳴きながら飛んでいるので、すぐにわかります。毎日、日中は稲刈りの終わった田んぼで落ち穂をついばみ、日が暮れると四方八方から沼や湖に帰っていきます。「ねぐら入り」です。そして朝、日の出の頃、一斉に飛び立つ。おしゃれな感じに「モーニングフライト」と呼んでいる人もいるようです。大崎の人たちは親しみを込めて「とりっこ」と呼んでいます。

ふゆみずたんぼ

このようなことを知るにつれ、雁のこと、雁を守ってきた人のこと、江戸時代に開拓された水田のことや、雁のねぐらとして冬に水を張る「ふゆみずたんぼ」のことを、地域の宝ものとして絵本や映像にして残したいと強く思いました。東日本大震災から半年、内陸部ではあったものの震度七の地震で大きな損害を受けた大崎市でした。そんな中、地域で大切にしてきたものを心に刻もうと、2011年10月「蕪栗沼ふゆみずたんぼプロジェクト」が始まりました。私はそのプロジェクトマネージャーを務めました。まず初めに、関係者が一堂に集まりました。農家、NPO、NGO、自治体職員、研究者、作家、お米を愛する人たち、そして雁を愛する人たち。それぞれに雁との関わりを語ってもらい、夕方には皆で蕪栗沼に雁の「ねぐら入り」を見に行きました。沼の中央あたりで雁の帰りを待ちました。その日の空の色は桃色から濃い赤、そしてグレーに刻々と変わっていきました。その空に無数の雁が四方八方から鳴きながら戻ってきて頭上で旋回し、すーっと水面に降りるのです。しばらくすると、あたりはすっかり暗くなり、水面あたりでは雁のおしゃべりが続いていました。

聴いてほしい、「雁の歌」を

それから4か月、葉祥明さん作『渡り鳥からのメッセージ』そして映像詩「蕪栗沼ふゆみずたんぼ」が完成しました。数百名の市民が集まり、オープニングに映像詩を、そして葉祥明さんの語りで絵本を披露しました。雁からの「ありがとう」がそこには描かれていました。10年が過ぎた今でも、大崎市内の全図書館にこの絵本は置かれています。雁は今年も秋に帰ってきて、北へ帰り始めているところです。蕪栗沼でしか見えないものがある。蕪栗沼でしか聴けない歌がある。あなたにも、ぜひ見てほしい。聴いてほしい、「雁の歌」を。

映像詩「蕪栗沼ふゆみずたんぼ」

https://www.youtube.com/watch?v=n-52cdKftBc

Writer : 大和田順子(地域活性学会員)

【編集後記】この投稿後に大和田順子さんが総務大臣表彰受賞の知らせを受けました。折角ですから受賞写真を付け加えさせていただきます。個人表彰ですが、大崎の住民のみなさんからの推薦と聞いております。本当に素晴らしいことと思います。大和田さん、おめでとうございます。(2022年2月14日:斉藤俊幸)