脱炭素先行地域に採択された人口1,600人の村・長野県東筑摩郡生坂村、リジェネラティブ・ツーリズム「旅するいきもの大学校!」の挑戦(星野亜紀子)

はじめに

長野県東筑摩郡生坂村では新たな観光事業の一環として、いくさか『創造の森』を舞台とした「リジェネラティブ・ツーリズム」を始動した。 テーマは「ネイチャーポジティブと何度も訪れたくなるふるさとづくり」。いくさか『創造の森』を舞台に、全6回のツアーを通じて参加者を「生坂村公式研究員(ネイチャーフェロー)」として認定する本プログラムは、生物多様性に関心のある方々に向けた新たな可能性を提供する。プログラムには、生坂村をホームタウンとするJリーグサッカーチーム株式会社松本山雅からもガイド候補生が参加。この取り組みは、観光庁「第2のふるさとづくりプロジェクト」モデル実証事業として生坂村、株式会社松本山雅、クラブツーリズム、株式会社フューチャーセッションズ、合同会社HiTTiSYO、株式会社大広とがコンソーシアム形式で協力して進めている。期間は令和6年9月15日より令和7年1月11日までの約半年間。

生坂村といくさか『創造の森』プロジェクト

長野県のちょうど真ん中に位置する長野県生坂村。東京都23区の江東区とほぼ同じ大きさで、長野県の市町村の中では5番目に小さなこの村の人口は約1,633人。犀川の清流と渓谷美の山清路、雄大な大城・京ヶ倉など、水辺と里山が織りなす美しい自然に囲まれ、村全体が渓谷のような景観を呈する風光明媚な村、それが生坂村である。また生坂村は令和4年6月26日に『生坂村ゼロカーボンシティ宣言』を行い、令和5年4月28日に環境省 脱炭素先行地域に採択された。いくさか『創造の森』は脱炭素の取組みに関する啓発活動、及び生坂村の魅力を発信する生坂村の脱炭素を象徴するコミュニティの場である。いくさか『創造の森』は令和4年にサッカーJ3松本山雅FCとそのホームタウンである生坂村が連携し始まった、脱炭素ライフスタイルの実証実験を行うプロジェクト。生坂の豊かな自然を通じて村内外の人々と農業体験をはじめとした体験プログラムを行うことで、すべての世代が有機的につながる持続可能な地域コミュニティの創出を目指しており、令和7年にはエネルギーを自給自足するZEB100%のオフグリッド型のホテルを建設予定である。

リジェネラティブ・ツーリズムに取組む背景

リジェネラティブとは「再生させる」という意味を持ち、これまでの消費中心の観光とは一線を画す概念と言われている。豊かな自然体系を有する生坂村は脱炭素先行地域に選定され自然配慮やエシカルなライフスタイルを嗜好する若年層に関心が集まっている。地域課題として産業の不足や空き家の不足があり移住のハードルは高いため、無理に移住定住者を増やすのではなく、地域の想いや方向性により深く共感してくれる「ファンづくり」に舵を切った。生物多様性・ネイチャーポジティをテーマに「何度も訪れたくなる第2のふるさとづくり」を行う。住む人とやってくる人が共に自然環境や文化を回復させ、より良い姿に再生する持続可能な「リジェネラティブ・ツーリズム」を採用した。

プログラムの特筆すべき点

  1. ハイブリッド形式の採用:LINEのオープンチャット機能を活用したコミュニティづくり、プログラムはオンラインとオフラインを組み合わせたことで、より多くの人々が参加できる機会を創出
  2. 専門家によるガイダンス:立教大学の奇二正彦准教授を講師に迎え、学術的な裏付けのある内容を提供
  3. 多様な体験の提供:生き物の生態や自然の知識を学ぶだけではなく、実際に自然調査や再生活動に参加することで実践的なスキルを身につけられる
  4. 地域との交流:全6回のプログラム各回に、地元団体などをゲストに招き、地域の文化や課題について理解を深める機会を創出
  5. スポーツとの連携:生坂村をホームタウンとするJリーグ・チーム松本山雅FCからもガイド候補生が参加し、スポーツと環境保護の融合という新しい視点の提供

プログラムのゴール

本プログラムへの参加総数は当初の想定を大幅に超え、20名定員のところ38名でスタート。連携企業のスタッフを入れると総勢約45名が生坂村を4回以上訪問する。ペイドメディアを利用せず集客が成功した要因としてはプログラムのガイダンスを担当する立教大学・奇二准教授による発信で大学コミュニティ派生の学生や関心層、次いで連携企業メンバーによる個人的なSNS等での発信によるものだった。信頼性の高い人物からのクチコミだったため、参加者の質が高く、関係人口の増加をゴールとする生坂村にとってはターゲットが合致した。またプログラムの折り返し地点での参加者インタビューを終え、本プログラムでは「目指すべき共通のゴール」を設定することが重要であるとわかった。令和6年度のゴールは、いくさか『創造の森』が令和7年度後期の「自然共生サイト」の認定を受けること。参加者はそのための活動計画やモニタリング計画を実践し、登録時の研究者として名前を連ねることができることをモチベーションに自身の明確な役割を得て後半のプログラムに参加する。

まとめ

リジェネラティブ・ツーリズム「旅するいきもの大学校!」は観光と環境保護、地域活性を有機的に結ぶ取り組みである。本ツーリズムの成功は、単に一地域の発展に留まらず、持続可能な観光のあり方に一石を投じる可能性を秘めている。脱炭素先行地域づくり事業は主にハード事業の側面が強く、地域課題の解決までには至らない。環境事業・観光事業の掛け合わせによるソフト面の強化は、生坂村のブランディング価値を高め、移住促進や産業誘致にもつながる可能性がある。すでに本プロジェクトに対する企業視察が予定されており、TV局をはじめとした9社が参加する。「ゼロカーボンビレッジ」を掲げる生坂村は令和6年度11月より企業版ふるさと納税も開始される。このように村と企業5社のコンソーシアムが連携するプロジェクトが地域の本質的な課題を解決し、関係人口増加による地域活性化を目指す。

星野亜紀子