【日本農業新聞】農村再生への構造転換(戸田善規:地域活性化センター顧問)

関係性が地域を動かす

日本の農村を歩いていると、気になる光景がある。人口減少が進む地域では、JA職員も自治体職員も、どこか俯き加減で、誇りと自信を失いつつあるように見える。かつて農業は地域の基幹産業であり、暮らしそのものであった。農地は家族の誇りであり、収穫は地域の喜びであり、祭りや年中行事も農業と深く結びついていた。しかし現在は、価格の低迷や担い手不足、国際競争の激化により、その基盤は大きく揺らいでいる。

農村衰退の構造

農業の衰退は、単なる産業の問題ではない。地域社会全体の活力低下に直結する構造問題である。若者は外へ流出し、高齢化が進み、担い手は減少する。耕作放棄地が増え、景観は荒れ、地域の誇りそのものが揺らいでいる。さらに深刻なのは、地域の「関係性」の劣化である。かつて存在した相互扶助の力は弱まり、個人化が進み、人と人とのつながりは希薄になっている。この関係性の弱体化こそが、農村衰退の根底にある構造的要因である。私は、この見えない力こそが農村の本質であると考える。制度や補助金では地域は動かない。人と人との信頼関係、地域への誇り、支え合おうとする意思があってこそ、地域は再び立ち上がる。農村再生に必要なのは、この前提への視点転換である。制度を整える前に、関係性を再構築するという発想が求められる。鍵となるのは「関係性の循環」である。人が働き、所得を得て、地域で消費し、その資金が再び地域に投資される。この循環が回る地域は持続する。これは経済循環であると同時に、人のつながりが支える社会循環でもある。この循環が回る地域には、必ず笑顔が生まれる。図①私が町長として関わった多可町では、この循環を意識した地域づくりを進めてきた。酒米「山田錦」や播州百日鶏のブランド化を核に、JAみのりと行政が連携し、農業者を中心に据えた取組を積み重ねた。生産だけでなく流通や販売にも関与し、地域内で価値を循環させる仕組みづくりに力を入れてきた。その過程で、農業者自身が単なる生産者から地域経営の担い手へと意識を変えていった点は重要である。決して大規模な事業ではないが、生産と消費、人のつながりが結びついたとき、地域の表情は確実に変わる。人の動きが変わり、交わされる言葉が変わり、やがて誇りが育まれていく。さらに重要なのは、この取組を単発の事業に終わらせず、地域内で持続する仕組みとして定着させてきたことである。生産者、JA、行政、地域住民が役割を分担しながら関わり続けることで、単なる経済活動を超えた関係性の基盤が形成されていった。この積み重ねこそが、地域の底力となって現れてくる。

農村は信頼で回る

しかし現実には、この循環は地域の外へ流出している。大型店への消費流出、金融機能の低下、JAの広域化などにより、地域内でお金が回らなくなっている。加えて、日常の購買行動や資金運用の選択が無意識のうちに地域外を向くことで、資金の流出は加速している。その結果、循環は崩れ、「流出型構造」へと変わった。人が流出し、消費が外へ出て、地域は空洞化する。この構造は単に経済の問題ではなく、地域の関係性をさらに弱める負の連鎖を生み出している。その中心には無関心と分断がある。関係性が切れた地域は急速に弱体化する。図②とりわけ深刻なのは、消費の流出が雇用機会の減少を招き、それがさらに人口流出を加速させるという悪循環である。地域内で働き、暮らし続ける条件が失われれば、若者は戻らず、高齢化は一層進む。この連鎖を断ち切らない限り、いかなる施策も一時的な効果にとどまる。人口減少は単なる縮小ではない。地域のあり方を問い直す契機である。制度依存の地域運営では持続しない。地域の内側から力を生み出し、自ら循環を回す必要がある。そのためには、JAも行政も住民も、「支える側」と「支えられる側」を超えた当事者として向き合うことが不可欠である。役割分担ではなく、責任の共有へと意識を転換することが求められる。これからは組織の枠を越えた連携が求められる。JA職員、役場職員、農業者が知恵と経験を持ち寄り、現場の声を起点に将来像を描くことが重要である。とりわけJAは、生産・販売・金融をつなぐ地域の結節点として、その役割を再定義する必要がある。耕作放棄地の増加や担い手不足といった課題も、地域全体で支える仕組みによってこそ解決に近づく。農業を地域全体の営みとして捉え直し、非農家も含めた関与のあり方を構築することが必要である。移住者の受入れも同様である。制度だけでは不十分であり、地域の寛容性が問われる。外からの人材を受け入れることで地域は変化し、活力を取り戻す。閉じた地域に人は根づかない。開かれた地域にこそ人は集まる。受入れの姿勢そのものが地域の質を決定づける。農政に求められるのは、関係性を壊さず、信頼を育てることである。農村は守るものではなく、再生し続けるものである。その原動力は制度ではなく人の心にある。地域は、人が関わり続けることでしか持続しない。信頼が積み重なり、誇りが回復し、人が地域に関わり続けるとき、はじめてそこに笑顔が生まれる。

笑顔のある農村は滅びない。図③