ハラールとは何か

インドネシアのハラル認証(BPJPH)のアキル・イルハム長官(中央)を表敬訪問時の大形里美(右:九州国際大学教員)と日本ムスリム協会遠藤利夫会長(左)

ハラールとは何か

ハラールとは、アラビア語で「許された」という意味で、飲食に限らず、行為についても用いられる用語である。イスラム式に処理した肉は「ハラール肉」、ムスリムの食のタブーに対応した料理は「ハラール食」と呼ばれ、今、パッケージに「ハラール・マーク(ロゴ)」が印刷された商品がムスリム諸国だけでなく世界中に流通している。現在日本のムスリム人口は約23万人で、総人口の0.2%にも満たないということで、日本ではムスリムは超少数派である。しかし世界的には、イスラムは非常にメジャーな宗教で、現在ムスリム信者数はキリスト教徒に次いで多く19億人に達し、2070年にはキリスト教徒の数を追い抜き、世界最大の宗教になると予測されている。日本においてもムスリム諸国の経済発展を背景に、インバウンドのムスリム観光客が増加し、2015年には観光庁が「ムスリムおもてなしガイドブック」を作成し、観光関連業界に対応を呼びかけた。コロナ前には日本へのインバウンドのムスリム観光客の数は年間100万人を超えていたと言われ、今また急増しつつある。

「国土交通省」『ムスリムおもてなしガイドブック基礎知識編』

日本国内のハラール対応事情

日本国内には、台東区、岐阜県、阿波市などハラール対応商品を提供する企業に対してハラール認証取得の費用を補助したり、ハラール対応に関する講習会を開催したりするなど「ハラール対応」に熱心な地方自治体もあり、ハラール認証付きの商品を販売している企業が出てきている。またハラール・メニューを提供する飲食店もコロナ前には大都市圏を中心にそれなりに増加していた。ハラール認証を取得することで、企業側は心配なく商品・サービスのハラール性をPRすることができ、消費者に安心感を与えられるというメリットもあるからだ。しかし、コロナ禍を経験し、ハラール・メニューをやめた飲食店も多く、また地方都市においては、ハラール基準の厳しさと高額なコストのために関心を失っている状況がある。後述するように、日本国内において全体的にハラールサービスの普及が困難な状況があり、ハラール対応を諦めた食品業界は、ベジタリアン・ビーガン対応に関心をシフトさせているというのが実態だ。ベジ・ビーガン対応のメニューならほとんどのムスリムも食べられるという前提である。ただ肉が大好きなムスリムにとっては少々物足りないメニューになってしまっていることも事実である。

日本の特殊事情

日本には独自のハラール基準がないため、市場で混乱が生じている。海外へ輸出するための厳格な基準を国内ハラールサービスにも適用しなければハラールとは言えないかのような誤解がハラールビジネスに関わる関係者の間に蔓延しているからだ。日本の状況に合わせた基準を適用している認証機関が、イスラムの柔軟性を理解しない研究者らによって、マレーシアの厳格な基準から外れる基準をハラールとは言い切れない、二重基準は危険だなどとする誤った認識に基づき、不当に非難されるという事態も起きている。もちろんハラール認証などなくても日本食について知識があり、日本語が読めるムスリムたちは普通のお店で食べたり、原材料表示を確認しながら認証のない商品を消費したりしている。しかし、日本語が読めないムスリムたちにはそれが難しい。せめて英語表記のメニューが用意されていればよいが、それも一般的ではないからだ。また「ハラール対応」のために日本の食品業界は日本特有の難しさにも直面している。日本料理にはみりん、調理酒、醤油などアルコールが含まれる発酵調味料が多用され、それらを不浄であると考えるムスリムたちも少なくないからだ。またハラール対応については、高額な認証取得コストの問題もネックとなっているが、この問題を解決する試みとして、2019年から福岡マスジドによってハラール認証の無料発行の試みが開始されている。その後、他のマスジドによっても同様の試みを開始する動きもあり、今後の行方が注目される。

 

福岡マスジドからハラール認証を取得した「極味や」のハラールハンバーグ、七尾製菓のハラールせんべい

ハラール基準について

現在、世界的に統一されたハラール基準はなく、国や地域、団体によって基準はまちまちである。そして世界の国際的なハラール基準では、お酒を原料としていても酢になればハラールであるとされ、飲料用の酒以外のアルコールは一定の条件下にハラール製品への使用が認められているが、一般のムスリム消費者にそうした知識は共有されていない。そのため、独自のハラール基準が定められていない日本では、国際的なハラール基準を適用している認証団体からハラール認証を取得しない限り、手指消毒のアルコールも含め、全てのアルコールの使用を禁止するような、国際的なハラール基準からは外れた古い基準が事業者に求められてしまう状況があり、ハラール対応をより困難にしている。ちなみにインドネシアなど東南アジアのハラール基準では、タペと言われる発酵食品などについてはアルコールを含んでいても「アルコール飲料」ではないのでハラールと定められている。この基準を適用すれば、当然醤油に含まれるアルコールも飲料用アルコールではないので、ハラールとして認識されるべきものであると考えられるが、醤油についてもアルコール成分を含むとして忌避するインドネシア人ムスリムも少なくない。さらにインドネシアの基準では、発酵食品に保存料として添加アルコールを使用することも許されている。しかし、日本ではわざわざアルコール分を蒸発させた味噌がハラール認証を受けたり、ハラール認証を取得するためにわざわざ醤油を使用しない煎餅などが製造されたりしている。日本でハラール対応を進めるためには、日本の伝統的調味料について海外の権威ある機関からハラールのファトワーを出してもらうことがどうしても必要である。また遺伝子組み換え食品についての誤解の問題も深刻だ。本来、豚などハラム(禁忌)の遺伝子を使用せず、健康に被害がない限り、遺伝子組み換え食品はハラールであるが、全ての遺伝子組み換え食品がハラールではないので、日本で流通している輸入大豆まで問題だとする明らかに誤った情報も流布してしまっている。正しい情報の発信が求められている。

アルコール発酵させたインドネシアのお菓子タペ

アルコールが1.76-11%のタペがハラールで、アルコール分が3%のビールがハラムの説明https://bearita.com/read/1359/begini-penjelasan-kenapa-tape-dengan-alkohol-176-11-halal-tapi-bir-dengan-3-alkohol-haram

 

これからのハラール基準のあり方

近年、マレーシアなどを中心に、ハラール基準を厳格化することで自国製品に比較優位を生み出そうとする動きも顕著で、これに追随する国々も増えている。その結果、ハラール基準は貿易障壁としても機能し始めており、本来のハラール認証の目的や意義とは異なり始めている。現在、世界で進行中のハラール基準の厳格化は、日本のようなムスリム少数派で起きている困難さ、そこで少数派として生活するムスリムの福祉の問題は考慮の対象にはなく、ハラール基準の厳格化で自国の経済的利益が増えればそれでよしとする新自由主義的な政策に基づいて進行していると言える。今こそ、日本のようなムスリム少数派の国では望ましい共生社会を構築するために、共に食事が取れる場所を提供することが社会インフラ整備として求められている。食を介してムスリムたちと交流を深めることが、ヨーロッパ社会に起きているような社会の分断を避けるためにどうしても必要だと思われる。グローバル時代にふさわしい基準を考えるために、ムスリム少数派国での現状を訴える活動が必要だと考え、研究活動と社会活動を行っているところである。

大形里美(九州国際大学教員)

インドネシアのイスラム研究を専門とし、これまで専らインドネシア国内のイスラム文化や社会運動などを中心に研究してきたが、2018年から訪日・滞日ムスリム(イスラム教徒)たちが食事面で抱えている問題に目を向け、学生たちとハラール対応に関わる活動を開始した。2022年からは科研費を受給し、ハラール基準の動向についても研究中である。

Writer:大形里美