筆者(左)柳谷(やねだん)の豊重さん(右)とのツーショット、寺岡伸悟(奈良国立大学機構奈良カレッジズ連携推進センター副センター長、および奈良女子大学教授)私は奈良にある大学に籍をおきながら、学生といっしょに小さな町や村を訪れたり、地域の方たちと一緒に地域活性化に関わってきました。現場好きがこうじて、現場の話が活き活きと話題にされる当学会に入会しました。
田舎に一番足らないものは教育と文化です
長く足を運んできた場所の一つである奈良県南部は、過疎や高齢化、地場産業の衰退や後継者の問題などが山積する社会課題の先進地です。こうした現場では、いろんな課題といろんな立場の人が手をつないで協働しないと、人も資源も足りません。あるとき、行政に頼らない地域づくりで有名な鹿児島県柳谷地区(通称「やねだん」)のリーダー豊重さんから、「田舎に一番足らないものは教育と文化です」と教わり、「学び」を扇の要にして課題や人を結びつける仕組みづくりを考えるようになりました。そこで始めたのが通称「奈良型エクステンション」です。
エクステンションの一つ、奈良女子大学下市町アクティビティセンター内部写真
奈良型エクステンションとは
一言でいえば、それは「大学と地域の多面的・持続的な連携」ということになります(こう書いてみると凡庸です)。地域の方とつきあってきて思うのは、「大学が教える/地域が学ぶ」の一方通行時代はとっくに終わり、「皆が先生/皆が生徒」の「学びあいの時代」だということです。そこで、教育、研究、事業づくりすべてを「学びあい」で結びつける仕組み、その輪のなかに地域や大学も一緒に入る、こんなイメージです。コロナ以後、大学も地域もオンラインでつながる仕組みや経験が定着しました。あとは学びあいの「場」と、そこでコーディネートしてくれる人を地域に据えることです。場所については、近年、学校の統廃合などで遊休公共施設が増えています。それらを地元自治体の協力の下で、学びあいの拠点として整備します。さらに人については、その地域に在住する人を、大学の特任助教として雇用し、ネットワーカーとして活動してもらいます。
下市町から下北山村の地域づくり活動視察 両地区在住の特任助教がアテンド
地元在住の特任助教の採用
現在、奈良県内の3地域でエクステンション特任助教が活躍しています。国立大学の特任助教(教員)の選考・採用を自治体と共同で行うのは珍しいように思います。3つの地域で選ばれた特任助教は、偶然、3人とも首都圏からIターンした女性となりました。前職も様々で現在も様々な仕事を「兼業」されています。一週間に2日程度の勤務ですが、この兼業具合、実務経験がおおいに役だっています。地域発の授業も立ち上がり、「地域が先生、大学が生徒」が実現しています。場所については、ある町では農村生活改善センターの一室を借り受け、ある村では廃校になった小学校をエクステンションセンターとしました。それぞれ、人々の出会いや議論の場、共同研究が生まれる場、現地授業や公開講座のオンライン視聴の場などとして利用されています。まだ、村にあるコワーキングスペースに特任助教が「出勤」している地域もありますが、やがてエクステンションセンターを見つけることになるでしょう。かつて学びの場であった廃校舎を再び「学びあいの場」として開くことは大変な喜びです。地元の自治体には、3年間のあいだにこの仕組みの「自走」を目指しましょう、と話しています。日々の活動はブログで紹介していますので、是非一度覗いてみてください。奈良エクステンションブログ(https://nara-extention.hatenablog.com/)
観光ガイドボランティアと一緒になって地域案内の評価をする学生(コミュニティアクションの授業風景)
そもそもコーポラティブエクステンションとは
そもそも「エクステンション」という言葉を使ったのは、米国の「コーポラティブ・エクステンション(CESと略)」制度がヒントです。米国では19世紀に遡る法律(モリル法)によって州立大学を中心とした大学の設置が行なわれ、そこでは大学の知をひろく社会に拡張(エクステンション)することが大学存立意義の柱となりました。その結果、全米の主としてcounty(郡)の範囲でCESの地域オフィスが置かれ、大学と地域のつながりが張り巡らされているようです。日本の大学で用いられる「エクステンション」という言葉よりもかなり広いニュアンスです。
東吉野エクステンションで生まれた地域座談会の風景
地方創生の切り札?
かく言う私も、実は実際そうしたCESに行ったことがありません。HPや文献で知るだけですが、そもそもCESについて国内での研究がとても少なく、是非CESの研究や紹介を行ってくださる方が出てくることを願っています。こつこつとHPを調べて、その実例を紹介したファイルを上記のブログにアップしていますが、実態を知らないので、読み違えている部分もあるかもしれません。私は、この制度が日本になかったことが、大学(高等教育)と地域が乖離した最大の原因ではないか、とまで思っています。大学と地域社会・自治体が幾重にも繋がり、生活者の生涯の伴走者となることができるこの仕組みがもっと研究され、政府などによって制度化されることを願ってやみません。
Writer:寺岡伸悟(奈良国立大学機構奈良カレッジズ連携推進センター副センター長、および奈良女子大学教授)