若者の地方定住に必要な、魅力的な「何か」

     久保田章市 浜田市長(地域活性学会副会長)

「何か」がないと難しい

新型コロナは、5月8日から、感染法上の「5類」となりました。3年間続いたコロナ禍もようやく落ち着き、人々の生活もコロナ禍前に戻ってきたように思います。コロナ禍は、国民生活に様々な影響を与えました。大都市圏に住む人々は、都市生活でのリスクを認識し、一気に普及したテレワークも加わり、地方移住への関心も高まりました。筆者は、昨年9月に関東学院大学で開催された第14回研究大会で首長セッションのコーディネーターを務めましたが、パネリストとして参加された三浦半島の自治体の首長さんたちから、「移住者が増えた」、「賃貸住宅が足りない」などの声をお聞きしました。しかし、コロナ禍で移住者が増えた地域の多くは、大都市近郊の地域ではないかと思います。私が市長をしている浜田市(島根県西部、人口約5万人の水産都市)のような、大都市から遠く離れた地域では地理的なハンディがあります。地縁のあるUターン者であればまだしも、特にIターン者に移住してもらうには、仕事や住宅のほかに、彼ら彼女らを引き付ける魅力的な「何か」がないと難しいように思います。浜田市では、その「何か」を文化とスポーツに置き、若者の定住促進に取組んでいます。

浜田市の高台から見た浜田漁港周辺

卒業後も音楽を続けたい若い音楽家

「何か」の一つは「音楽」です。全国には50を超える音楽大学があります。音大の卒業生の多くは、「卒業後も音楽を続けたい」、「できれば音楽に携わる仕事がしたい」と思っているそうですが、実際には、音楽に携わる仕事に就ける人は極く僅か。また、趣味で音楽を続けるにしても、都会では練習場所の確保も簡単ではありません。そこで、若い音楽家をターゲットとする定住促進策を考えました。具体的には、2020年6月に制定された「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用し、地元の音楽団体や保育所などの幼児教育に携わる事業所で協同組合「Biz.Coop.はまだ」を設立。その協同組合で音楽家を採用し、組合員である保育所や放課後児童クラブに派遣し、音楽のスキルを活かして幼児教育に従事してもらうという仕組みです。勤務時間は一日6時間。余暇時間(2時間程度)は、音楽活動(練習など)や副業(報酬をもらって演奏、個人レッスンなど)に充てることができます。この制度は2021年4月に始め、2年経った2023年4月までで合計17名を採用しました。このうち、現在も地元に居住し音楽活動を続けている人は14名(地元企業に再就職した者を含む)。全員が30歳台前半までの若者で、大半がIターン者です。

音楽家の皆さんによる保育所での演奏会

サッカーを続けたいという若者

二つ目の「何か」は、「サッカー」です。浜田市には、1977年に設立されたアマチュアのサッカーチーム「バンカーズ」がありました。2004年に島根県社会人サッカーリーグ1部に昇格し、2005年、「浜田FCコスモス」に名称変更しました。その後、2019年にCSL中国サッカーリーグ(Jリーグの下部組織の地域リーグ)に昇格しました。翌2020年には、運営会社の一般社団法人が設立され、名称も「ベルガロッソ浜田」に変更されました。中国サッカーリーグ昇格を機に、全国から選手集めが始まりました。とは言え、プロチームではありません。選手は仕事を持ちながら、土日や平日夜間に練習し、アウェーでの試合の場合には中国各地に出かけて試合をするという生活です。募集に応じ、全国から「サッカーを続けたい」という若者が集まってきました。ベルガロッソ浜田を資金面から支援するために地元企業にスポンサーになってもらい、スポンサー企業には選手の雇用も行ってもらっています。また、浜田市も2021年8月、連携協力協定を締結し、ベルガロッソ浜田の活動を応援しています。

「ベルガロッソ浜田」(2023年4月、「ベルガロッソいわみ」に再度名称変更)には、現在27名の選手が所属しています。そのうち23名が県外出身者で、大半がIターン者です。また、所属選手はスポンサー企業などの地元企業に勤務しています。業種は、高齢者福祉施設が最も多く、IT企業、ケーブルテレビ会社、不動産業、宿泊業、飲食業、製造業など多様ですが、地域の貴重な労働力となっています。ベルガロッソ浜田は、現在、Jリーグ昇格(当面、J3)を目指して活動しています。浜田市は、スポンサー企業やサポーターの皆さんと一緒に、「夢の実現」に向けて応援しています。

ベルガロッソ浜田(4月から「ベルガロッソいわみ」)の皆さん

石見神楽を続けるために

三つ目の「何か」は、「石見神楽」です。島根県西部のことを「石見(いわみ)地方」と言いますが、石見地方には伝統芸能の「石見神楽」があります。浜田市は、石見神楽が最も盛んなまちで、50を超える神楽団体があります。団員数は全市で約1,000人、その約半分は30歳台以下の若者です。市内には、小学生から高校生までが所属する子供神楽の団体も20近くあります。また、地元の高校には、部活動で石見神楽を行う部もあります。高校を卒業した子供たちの中には、「石見神楽を続けるために、地元企業に就職する」、あるいは一旦、県外の大学や専門学校に進学してどこかの企業に就職したとしても、「石見神楽を舞うためにUターンして帰り、地元企業に再就職する」。こうした「石見神楽」を演じるために、浜田市に住んでいるという若者が多くいます。彼らの勤め先は様々ですが、人手不足にある地元の企業にとって貴重な働き手となっており、中には消防団員として地域活動を行っている者もいます。伝統芸能である石見神楽は、まさに、若者の定住促進にも一役買っているのです。

日本遺産に認定された「石見神楽」 演目は「大蛇(おろち)」

石見神楽が東京でもご覧いただけます

ところで、本稿をお読みいただいた皆さん、石見神楽をご覧になったことがありますか?浜田市内の神社では毎週土曜日、「夜神楽公演」を行っています。実は、今年、東京でもご覧いただけます。8月13日(日)18時~21時、深川祭りの中日、富岡八幡宮(門前仲町)の境内で、浜田市の神楽団体による石見神楽公演があります。未だ、石見神楽をご覧になっていない方は、是非、ご覧ください。そして、出来れば石見神楽の本場浜田市にお越しいただきたいと思います。

Writer:久保田章市 浜田市長(地域活性学会副会長)