岩永洋平(目白大学経営学部)
顧客生涯価値マーケティング(岩永洋平)

実際に地域の発展に貢献できる地域産品とは
地域ブランディングや六次産業化はいくつもの成功例があります。しかしその一方で、望む結果を得られていない取組みも多いようです。道の駅やアンテナショップを訪れると、グッドデザインだが売れそうにもない産品が、並んでほこりをかぶる様子を見ることがあります。公的支援を得て各地で開発されている地域資源を生かした商品は、実際に地域の発展に寄与しているのか。産品の事業がほんとうに地域の産業を振興し、雇用を創出して、地域の活性化に役立つためには、どうすればよいのか。
書名にある「顧客生涯価値・LTV」は、一回かぎりではない顧客との継続的なつながりによって生み出される価値です。一過性で自己充足的な地域ブランディングではなく、地域の価値を反復して顧客に届け、地域産業の持続的な成長に貢献する研究を本書は目指しました。そのために先進企業36社への調査、8,900サンプルの消費者アンケート、成功例のケーススタディを実施しています。茅乃舎(福岡・久山)、井上誠耕園(香川・小豆島)、ヤッホーブルーイング(長野・軽井沢)、馬路村農協(高知・馬路村)、スノーピーク(新潟・三条)のマーケティング実践を、顧客の声の分析から捉えました。これらから導かれた「持続的価値形成モデル」を検証し、顧客生涯価値を高めていくための方針を示しています。さらに顧客生涯価値を形成する取組みは、地域と都市の住民の気持ちの結合をつくりだすことを明らかにしました。
実務経験から生じた問題意識
著者は30年超の会社員の経験を経て、研究職に就いています。現在の研究の基盤となっているのは、前職の広告代理店での実務経験です。代理店のマーケターといえば、何やら派手な仕事がイメージされがちです。実際に広告会社のマーケティング担当の仕事は従来、たとえば時代に適合したCMクリエイティブや、ブランドコンセプト開発のような業務が主でした。
ただ筆者には、クライアントとともに事業成長を実現していく仕事のほうが性に合っていました。初回購買を効率よく獲得し、顧客を複数回の購買に誘導するための施策を検討する。期間客単価や継続率などの数値から、事業の採算性をシミュレーションする。購買履歴データで顧客を区分し、気持ちのつながりを形成する施策を開発する。東阪のナショナルブランドでの仕事に加え、そういった仕事ができる地方の商品の事業開発、マーケティング支援を積極的に手掛けてきました。今世紀に入ってデジタルでのコミュニケーションの比が高まるにつれ、ブランドやコンセプトに留まらない、抽象概念ではなく事業収益に直結するLTVなどの定量指標を重視する傾向は強まり、わたしたちが取り組んできた仕事の、いわば生息域が広がっていきました。
広告代理店での事業支援の仕事を通じて、全国の企業や自治体とのご縁ができました。函館、弘前、花巻、釜石、酒田、村上、佐渡、飛騨高山、知多、岐阜羽島、米子、鏡野、小豆島、丸亀、高知、松山、宇和島、長崎、臼杵、姶良、都城など懐かしい、大切な記憶のある土地が増えました。訪問先で考えて取り組むのは、この事業をもっと成長させるにはどうすればよいのか、需要側である都市との関係をどう結ぶかなどの課題です。各地で業務にかかわるなかで、本書につながる問題意識は生じました。
いずれも高みを目指す実務と研究
本書の研究を進めるうえで、また現在の教員職に就くためにも、不可欠だったのが法政大学大学院と北陸先端科学技術大学院大学での学びでした。学部時代の友人たちと続けている研究会、地域活性学会での先生方のご指導もおおいに糧になっています。
筆者にとって学術の世界と実務はいずれも必要な両輪です。実務と研究の関係は、大げさにいえば「往相と還相」になぞらえうると考えています。研究において事実の検証から普遍を目指していく理論化が往相、実務において社会に、地域の活性化に役立とうとする実践が還相。この往還は図のような循環の構造に示せます。

実務における実践が目的に即して検証・省察される。実務で得られた経験は研究によって理論化される。理論は具体に向けて適用・実装され、実践にフィードバックされる。実践と理論はいずれも方向性の異なる高みを目指すものであり、中途半端な折衷ではありません。研究は普遍的な価値のある理論であることを目指し、実務は産業発展や雇用創出など、社会に実際に役立つ実践であるべきでしょう。そして検証や適用が両者をつないで研究の価値、実務の成果が相乗的に高められていく。筆者は実務経験のある、いまも実務にかかわっている研究者ですから、この循環の相乗性をより高められるよう研究と実践に精進したいと考えています。ご紹介した拙著も、筆者なりの実践と研究の営みのひとつです。
インタラクションの意義と楽しさ
本書は筆者の3冊目の著書です。最初はビジネス書の『通販ビジネスの教科書』(2016, 東洋経済新報社)で、2冊目は『地域活性マーケティング』(2020, ちくま新書)でした。勤務のかたわらに綴った原稿が上梓の機会を得て、読者の反応をいただいたことは、大きな喜びでした。研究を始めて以来は、学会での論文投稿や発表でのインタラクションの意義と楽しさを感じています。本書についても学術の観点から、また実践の立場からも、ご指導、ご批判いただけることを心から願っています。

讃岐平野の麦秋。これがさぬきうどんに

新潟胎内市、サケ養殖場の風景。気持ちのいい青年でした

気仙沼の遠洋マグロ漁船。操業では10ヵ月間ほど海に出るそうです

「地獄炊き」の五島うどん。秋田稲庭の職人を招聘し、品質を高めたそうです
丸善日本橋店様の面陳。売れていると聞きました、とてもありがたいです(岩永洋平)