科学研究費助成事業(科研費)挑戦的萌芽研究課題番号16K12777 2016 年度~ 2017 年度『研究の空洞化』及びこれに対処する『博士課程学生教育』に関する調査研究、2018年 6 月、一般財団法人総合科学研究兼機構総合科学研究センター、特任研究員佐藤彰を抜粋します。
要約
世界で活躍できる研究開発人材を育成し、日本の持続的発展に資することを目的とした。日本の企業が、研究開発を国内ではなく、海外で行う「研究の空洞化」の状況を明らかにする。日本の大学は、「研究の空洞化」を起こさせない世界的研究開発競争に勝つ優秀な人材(博士)を育成する必要がある。アンケート調査を東証1部上場の製造業企業 797 社 (回答率 23.3 %)及び理系博士課程を置く大学 397 校(回答率 32.2 %)、インタビュー 調査を 20 社及び 21 校で行なった。海外に研究開発拠点を設置している企業は 35.5 %で、「研究の空洞化」は進行中であ り、博士課程に進学する学生を増加させる方策を提案した。
1.目的
雇用を生み出すには、新しい産業を興す研究開発が最も重要であり、そのためには研究開発を行なう優れた研究開発者を育成することが必須である。 日本籍研究者を主とする日本国内での研究開発を諦め、研究開発を 優秀な海外籍研究開発者を雇用して海外で行う「研究の空洞化」が起きていると言う。 そこで、日本企業の海外研究開発拠点の割合、国内研究所と海外研究開発拠点との役割 (分担 、採用した研究開発者についてなどの「研究の空洞化」の状況を明らかにする。 日本の大学は、世界的な研究開発競争に勝つ優秀な人材(博士)を育成し、日本に「研究の空洞化」を起こさせないこと、さらに競争の結果、敗戦して発生した「研究の空洞化」に対処できるグローバル競争に勝てる知識、創造力、技量、行動力、リーダーシップを備える優秀な人材(博士)を育成することが求められる。 研究開発人材を養成する日本の大学院博士後期課程に進学する学生数を増加させる方策、博士後期課程修了者に必要とされる教育、知識、能力、競争力、 リーダーシップ、などを明らかにする。 これら の能力を博士前期・後期課程教育で身に付けさせる戦略や方法を探求する。調査の成果として、国内及び 海外で活躍できる日本籍研究開発人材の育成に役立ち、日本の持続的発展に資することを目的とする。
2.方法
有識者、大学教員、企業の研究開発者、研究機関の研究者から成る検討委員会を設置し、調査内容、調査方法、得られた調査結果、将来への提言 を検討する 検討委員会を設置した 。 企業及び大学へアンケート調査とインタビュー調査を行なうこととした。
「研究の空洞化」について
海外に研究開発拠点を設置している企業は未だ 35.5 %であり、これらの企業は研究開発拠点を日本に残し、日本の研究開発拠点をこのまま維持又は増強することが分かった が、「研究の空洞化」は進行中であると考えられる 。
提案
アンケート調査から、 日本の「研究の空洞化」は進行中であると考えられる。企業にとって、海外と日本とを差別せずに、研究開発拠点において発見された産業の芽を育て、イノベーションを起し、企業の持続的発展を維持することが可能となることが最も重要である。日本の大学は、世界的な研究開発競争に勝つ優秀な人材(博士)を育成し、日本に「研究の空洞化」を 起こさせないこと、さらに競争の結果、敗戦して発生した「研究の空洞化」に対処できるグローバル競争に勝てる知識、創造力、技量、行動力、リーダーシップを備える優秀な人材(博士)を育成することを実現しなければならない。
博士後期課程へ進学する学生に対する試験について
大学の 86 %は、博士後期課程入学希望者全員を対象に入学試験を行い、大学 の 76 %は、面接試験も行なっている。
提案
博士後期課程への入学審査、博士 前期・後期 課程在学中の試験を米国と同様に厳しくし、博士後期課程を修了した日本の博士は優秀であることを確実にするべきである。博士 前期・ 後期課程への入学審査を厳しくし、在学中に厳しい試験を行なうと、最初は進学する学生数が減少するかも知れないが、「博士は優秀である」との認識から、博士 後期 課程修了後のキャリアパスや処遇が改善され、結局、進学者数が増加するものと期待できる。
博士後期課程へ進学する学生が減少したことについて
博士後期課程を修了するには経済的負担が大きいにも拘わらず、課程を修了して博士になっても処遇などにメリット無く、アカデミアのポストは少なく、企業が採用しないこと 、 が博士後期課程に進学する学生数が減少した原因として挙げられた。
提案
大学はアカデミアのみならず産業界でも活躍できる「真に優秀な博士」を多数育成し、 博士後期課程修了後の博士のキャリア・パス を 明るくして、博士後期課程へ進学する学生数の減少を防止しなければならない。 日本の国際競争力を維持するためには、人口当たりの博士数が現在でも少ないのに、博士数を これ以上減少させてはならない。結局、「博士が優秀である」ことを実証することが一番重要である。大学は、博士課程教育により「優秀な博士」だけを修了させ、企業は「優秀な博士」を採用して、活躍させて観ることが望まれる。このためには、人の移動が少ない日本の雇用システムを容易に移動できるシステムに代える必要がある。
企業が博士後期課程を修了した博士を採用するために博士に求める能力等について
博士にはI 型から T 型、より進んで Π 型( 2 つの専門分野と横串となる一般教養)になって欲しいとの要望があり、イノベーションが 領域融合の中で起きることからダブルメジャーの人材を優先的に採用しようとしているが、ほとんど居ないとの指摘があった。
提案
人口当たりの博士数が少ない日本において、博士後期課程を修了した博士が、アカデミアや産業界を含めた広い社会に多くの就職先を見付けて活躍できるためには、博士 前期・ 後期課程の学生教育において、文系と理系を区別することなく、「 I 型」、「 T 型」、「Π型」の人材、更にはダブルメジャーを超えてマルチメジャーの人材を育成 することを目指すべきである 。大学が、入口(博士後期課程への進学)で厳しく選抜し、出口(博士課程の修了)でも厳しく審査して「真に優秀な博士」を送り出せば、博士が社会で活躍して、博士に憧れる学生が増加し、日本の持続的発展を維持するという、良循環を達成できると考えられる。
大学院の博士前期・後期課程の学生教育について
日本の大学教育の質 が低下し、全体的に学力が落ちており、入社後に化学、物理、数学を補講(やり直し)することが必要になっていると企業が指摘している。博士号を持っていないと、外国での交渉では相手にして貰えないので海外 の博士に負けない力のある人材を育てて欲しいとの要望があった。
提案
日本の大学は、入学するのは難 しい が、落第させないで卒業/修了させるため、学力の不十分な学士、修士、博士が居るとの 悪評 がある。初等、中等、高等教育で学力を十分に付けた多くの学生を、博士後期課程へ進学させて日本の博士数を増加させ、外国での交渉においても活躍できる博士を増加させなければならない。グローバル競争に勝てる知識、創造力、技量、行動力、リーダーシップを備えた博士は、日本国内においても活発に活躍し、日本社会の発展に寄与することができる 。大学院教育を、修士課程は 2 年間、博士課程は 5 年間と分離し、博士課程の教育を充実させるべきである。
論文博士について
大学の64.5 %が 論文博士制度を「存続させるべき制度である」 としている。 論文博士の場合は授与の基準を決め難く、質の確保が難しく、課程博士よりも容易に授与される傾向があり、博士課程進学者減少の一因となっていることから「廃止すべき制度である」が 大学の 9.7 %であった 。
提案
国際的に通用しない論文博士は、日本の博士号の価値に疑義を抱かせ、日本の博士に対する低い評価の一因となっていることは否定できないので、社会人博士制度へ移行させ、廃止すべきである。文系の長年の成果を体系的な学術論文として博士号を取得する習慣は間違いであり、大学院設置基準の「研究者として自立して研究活動を行える」を基本として、 5 年間 の成果に対して博士号を授与すべきであると考える。 博士号の取得が 5 年間では到底無理であれば、博士課程をより長期の制度に変革し、良い対策を立てるべきである。
博士後期課程に進学する学生を増加させる方策について
大学の 68 は学生の経済的負担を軽減すること、大学 の 60 は博士の処遇を改善することを挙げている。博士の処遇を改善するために、社会から必要とされる教育レベルの高い人材を輩出す べきと 述べられている。
提案
優秀な学生を博士後期課程に進学させるためには、博士後期課程を無償化することも一案である。日本の防衛を担う人材を育成する防衛大学生の教育は無償であるから、日本の安全保障、日本の持続的発展に寄与すると期待される博士後期課程の学生も無償 と すべきである。理系の博士後期課程に進学する学生の動機は、高い報酬は期待せず、研究そのものに興味を有している。したがって、アカデミアだけでなく産業界でも研究を継続できることが一番重要である。博士のキャリアパスや処遇改善を要求するには、まず博士が真に優秀であり、社会や企業の発展に資する人材であることを示すべきである。そうすれば、社会が博士の価値を認め、博士が増加すると言う、良循環が起こると考える。
若手研究者の活躍について
大学のインタビューで一番ショッキング だったのは、「大学院生は、大学教授が研究室の保持・運営のために競争的研究資金を獲得しなければならず、研究時間を削って走り廻る姿を見てアカデミアを毛嫌いするようになってる」と 聞いた時であった。また、博士前期課程修了後に 企業 に就職する方が、博士後期課程で 3 年間研究するより、企業が 最新の実験機器・装置を備えて いる こともあり 、研究成果が格段に上がると言われた こともショックであった。
提案
優れた研究成果は若手研究者によるものが多いのが特徴と言われており、若い研究者が長期の究課題に挑戦できることが極めて重要である。博士後期課程を修了した博士が、アカデミアや非アカデミアでパーマネントのポジションに就き、運営費交付金のような継続的研究資金により長期の研究が行えるシステムを早急に構築することが望まれる。競争的研究資金の獲得競争は過酷であり、教授等を含めた PI Principal Investigator )が、競争的研究資金の獲得、評価への対応、資金の使用等に時間を割かれ、研究時間が短縮されてしまう本 末転倒は避けなければならない。日本でも若手の任期付きポスドクが安心して研究できるように、研究提案者の人件費を競争的研究資金に含めるべきである。
科学論文数について
過去10 年間で日本の論文数は伸び悩み、注目度の高い論文( Top10 %論文、 Top1 %論文)の世界ランクが低傾向にある。論文数が減少した要因は、博士課程修了者が少なく、他の先進国や中国に比較して研究者数が増加しておらず、 FTE (フルタイム当量 Full Time Equivalent )研究者が減少し、重点化(選択と集中)性格の強い研究資金 への移行し、狭義の研究費が増加していないことである。
提案
日本の研究国際競争力を回復させるためには、各大学の基盤的研究資金の増加、 FTE 研究者数(研究者数x研究時間)の増加、狭義の研究資金の増加が必要である。中国の科学論文数の増加は、欧米留学から帰国した優秀な博士を含めた研究者数の増加と研究資金 の増額 の結果であることから、これに対抗する方策は、原理的には簡単である。すなわち、「研究の空洞化」に対処できる「真に優秀な博士」の数と研究資金 を増 額 させ ることである。軍事研究を禁止し、デユアルユースの象徴とも言えるAIやロボットなどの研究に足枷を掛けられている日本の研究環境についても、今後さらに議論すべきであり、日本の財政赤字を考慮した科学技術政策を、智恵を絞って立てることが必要である。
科学技術の進歩による社会の変化への対応について
科学技術が進歩することによってもたらされる社会の変化に対応するためには、人文科学系及び社会科学系からの智恵が必須である。仕事が消滅していく過程 や 、仕事が無くなった社会で人はどうのように生きていくかの哲学、 法制度の問題、 格差・貧困を克服するための社会システムの構築、 教育問題、などを検討する人文科学系及び社会科学系の博士の活躍が重要である。「国営詐欺」と非難 されないように、 国際的に通用する人文科学系及び社会科学系の博士の育成について、今後の検討が望まれる。
提案
科学技術を発展させるためには、 科学技術の進歩よ る 社会の変化に対応する人文科学系及び社会科学系の博士(人材)からの智恵が必須である。「技術 的 失業」に対してどう生きるかの哲学、「自動運転車」などの法整備、技術進歩がもたらす経済格差の縮小、シェアリングエコノミー、 BI Basic Income )、技術進歩に対する教育問題、軍事技術の発展に対する対処法、ゲノム編集に対する人権・倫理、などの多く課題を解決しなければならない。国際的に通用する文科学系及び社会科学系の博士を多数育成することが必要である。