【出版報告】農村集落政策で分かれる識者の見解、「限界集落の経営学」の立ち位置(3)

    限界集落の経営学   活性化でも撤退でもない第三の道、粗放農業と地域ビジネス

日本の農村政策に関する議論は、『農村撤退論・むらおさめ論』対『農村たたみ反対論』に2分されている

撤退論(林直樹先生)、むらおさめ論(作野先生)と農村たたみ反対論(小田切先生)との間で研究者の意見が分かれています。しかしこれには2者択一であるかのような誤解があると考えています。撤退論を主張した若い研究者に対して「けしからん」と発言する研究者(小田切先生ではありません)がいます。若い研究者は「それはパターナリズムだ」と反論し、強い立場にある者が弱い立場の者の意見に対して介入するなとけん制しています。サッカー日本代表元監督の岡田武史氏は「日本人は多様な人の違いを間違っているという。間違っていない。違うだけだ。間違っているというと感情の話になる。うまくいかない。違うことをみんなで認め合って話し合うことが根幹だ」と述べています。斉藤の「限界集落の経営学」の副題は活性化でも撤退でもない第三の道、粗放農業と地域ビジネスです。

2者択一は炎上する

人口減少に苦しむ日本。どこを減速するのかの議論は行われてきませんでした。まさにその端緒は、林直樹氏や作野広和氏にあります。人口減少社会に入り、縮小するのか維持するのか、あるいは成長するのか減速するのか、何をあきらめるのかの議論は、これからの日本を考える上で欠かせないテーマです。私たちは英知を集め、たくさんの選択肢を用意する必要があると考えています(斉藤俊幸)。

農村撤退論の林直樹氏


  • 「未来に向けての選択的な撤退の道はないのか。過疎集落からはじまる戦略的な構築と撤退のなかで、この先、都市から農村への移住が大幅に増加することは考えにくく、すべての過疎集落の人口を長期にわたって維持することは難しい。財政が苦しい時代にあっては、各種の支援もあまり期待できない。このような状況を前提とした新しい戦略が求められる」(林直樹氏)

林直樹氏(右:金沢大学)

むらおさめ論の作野広和氏


  • 「中山間地域における集落は今後も人口減少や高齢化が進展し、一部集落は消滅するという危機的状況は避けられない。集落の再生を意図した活性化策を行っても効果はない。むしろ福祉的ケアが必要である。集落住民が最後まで幸せな居住を保証し、人間らしく生きてゆくための手段を構築すべきだ。集落住民の「尊厳ある暮らし」を保証する考えが必要である。集落を「看取る」行為を行うとともに、集落の存続を記録として後世に伝える「むらおさめ」を行うべきである。消滅してゆく運命にある集落にも光を当てるとともに「秩序ある撤退」のための検討が必要である」(作野広和氏)

集落の消滅と「むらおさめ」の概念  資料:島根県中山間地域研究センター資料をもとに作野広和作成

作野広和氏(島根大学)

農村たたみ反対論の小田切徳美氏


  • 「選択と集中による再生を求められていることが問題である。つまり、地方の一部を選択し、集中的に支援することで「農村たたみ」が行われることに対し危惧する。欧州での「コンパクト」や「縮退」(シュリンケージ)の議論は、社会全体としての「脱成長」や「成熟社会化」とセットで議論されているが、日本においては、さらなる成長を目的とし、財政負担の軽減や効率化を目的とする議論であり、誤用であるのではないか」(小田切徳美氏)

小田切徳美氏(左:明治大学)

農地の維持は牛に任せろ=むらつなぎ論の斉藤俊幸(識者ではありませんが)


すべての集落を活性化し、維持する事は残念ながら不可能と言わざるを得ません。撤退あるいはむらおさめもやむを得ないとしても、それが農地の放置、荒廃となって良いのでしょうか。筆者は多くの論者が着目する放牧や大豆の粗放栽培などによる農地の維持こそ、第三の道と考えます。粗放農業を希望する新規就農希望者は意外と多くいますが、まとまった土地を借りることが難しいうえ、単独で粗放農業を行っても生活は苦しく「やりがい搾取」とすらなりかねません。より多くの若者を引きつけるには土地を提供し、それなりの収益を保証できる一定の規模と加工設備を持つ仕組みが必要です。いわば農地維持という社会的価値を経済的価値につなげる仕組みが必要なのです。そこで筆者は土地利用法人に住民(土地所有者)が土地を預け、国がファンドなどを通して初期投資を支援し、土地利用型地域ビジネスを立ち上げることを提案しています。実現には、まず村の長老組織がイノベーションを決断することが必要です。「池田暮らしの七か条」に端的に表れているように、村の長老達は移住者への警戒心を隠しません。しかし一方で、草刈りへ参加し、黙々と働く若者の姿に動かされ継承へ踏み出した村も多いです。農地を維持し再生する人たちへのバトンタッチであれば、長老達を動かすことができます。

所有と経営と労働の分離

しかし地域ビジネスの経営は、長老にも新規就農者にも容易ではありません。ここは割り切って外部の経営力の導入が必要になるのではないでしょうか。都会に住むビジネスリーダーには、農に新しいチャンスを見出している人たちがいます。所有と経営と労働を分離し、遠隔地にいる彼らに経営を任せる決断も必要になると考えます。農業基本法改正の議論でも、国の直接投資、プッシュ型の支援が現実化しようとしています。ブランド肉牛のクラスター、受精卵ビジネス、輸出ビジネス、大豆ミートなど地域ビジネスの先進事例もすでに生まれています。6次産業化など住民主体の手づくりへの支援から、PPPによる経営力導入と中規模の設備投資への支援へ。わずか年間数十億程度の国の直接投資で、農村が極限まで縮小しても農地と環境を維持する道は開けます。いまこそ決断の時です。

【出版】「限界集落の経営学 活性化でも撤退でもない第三の道、粗放農業と地域ビジネス」


限界集落の経営学の命名の経緯

限界集落という言葉が住民のやる気を喪失させるため使うべきではないとの批判があるのは知っています。しかし過疎地域の中にも自治体間格差があると考え、高知県内の山間地域の調査を進め、それを「限界集落」として定義した大野晃氏(高知大学名誉教授)の気持ちは、本山町に赴任していた筆者として心から同意するものです。それだけ他地域に比べ条件が不利な地域であると思います。思い余っての命名と思います。この本には高知県嶺北地域も登場します。このため敢えて限界集落という言葉を使わせていただきました。そして、経営学から地域づくりを考えています。これは小学校の同級生である経営学者の藤本隆宏先生(東京大学名誉教授)の下で長く学んできたため命名させていただきました。