【夏休み研究】市町村合併に関する西尾私案

2002年11月に西尾勝先生(行政学、東京大学名誉教授、令和4年3月ご逝去)が第27次地方制度調査会に提出した「西尾私案」を振り返ります。全国町村会や全国町村議会議長会からの大きな反対を受けました。今後の基礎的自治体のあり方について(私案)の全文を以下に示します。また全国町村会の「西尾私案」への対策はある、千葉大学教授・東京大学名誉教授の大森彌先生(令和5年9月ご逝去)のコメントも付記します。

今後の基礎的自治体のあり方について(私案)平成14年11月1日 西尾勝

1 これまでの地方分権と市町村合併

  • 地方分権推進委員会における地方分権改革の議論は、当初、分権の受け皿となる都道府県と市町村の二層制の枠組みには手を着けないことを前提としていた。国からの権限移譲等を進めるに当たっては、当面、都道府県により重点を置いて進めることとし、そのうえで市町村への移譲を進めるという考え方であった。
  • しかしながら、具体的な地方分権を進めていく中で、各方面から、基礎的自治体への権限移譲等を推進するとともに、これを実現するためには、規模・能力を備えた基礎的自治体の体制整備が必要であるということが言われるようになった。これを踏まえて、地方分権推進委員会の第2次勧告や第25次地方制度調査会の答申が行われ、合併特例法が強化されることとなったものである。平成11年8月以降は、この枠組みのもとで自主的な市町村合併が強力に推進されている。
  • 平成17年3月の合併特例法の期限までにできるかぎり、自主的な合併が多数行われることが必要である。これに向けて、現在、関係者の真摯な努力が行われており、これに大きな期待を寄せている。市町村の自主的な合併の進捗状況を踏まえ、平成17年4月以降の基礎的自治体のあり方について検討していく必要がある。

2 地方分権時代の基礎的自治体に求められるもの

(1)充実した自治体経営基盤

  • 機関委任事務の廃止及び関与のルールの設定等により国と地方の役割分担を明確にすることを眼目とした先の地方分権一括法の施行により、わが国における地方分権改革は確かな一歩を踏み出した。
  • これを踏まえて今後は、地方分権改革を新しい段階に進め、国と地方の税財源の見直しを行うとともに、「自己決定・自己責任」という地方分権の理念を現実のものとして実行できる基礎的自治体が求められている。これからの基礎的自治体は、今まで以上に「基礎的自治体優先の原則」や国と地方の関係における「補完性の原理」を実現できるものでなければならない。今後のわが国における行政サービスの提供のあり方はこれを前提として考えていく必要がある。
  • 今後の基礎的自治体は、住民に最も身近な団体として、都道府県に極力依存することのないものとする必要がある。基礎的自治体は、地域の総合的な行政主体として、福祉や教育、まちづくりなど住民に身近な事務を自立的に担っていくことができるようにする必要がある。
  • ますます高度化する様々な行政事務を的確に処理していくためには、専門的な職種を含むある程度の規模の職員集団を有するとともに、分担する事務の処理に十分な権限とこれを支えるに足る財政基盤を有するものとする必要がある。
  • このような基礎的自治体の存在を前提として、都道府県は、広域の自治体として広域にわたる事務に重点を置いて責任を果たしていくこととし、基礎的自治体に関しては連絡調整事務を主に行い、いわゆる補完行政的な事務については必要最小限のものとしていくことが理想である。

基礎的自治体が極力都道府県に依存せず、住民に対するサービスを自己財源により充実させていくためには、基礎的自治体の規模はさらに大きくなることが望ましい。このような規模能力の大きな基礎的自治体には、これに応じた事務や権限を可能な限り移譲していくべきである。少なくとも、福祉や教育、まちづくりに関する事務をはじめ市が現在処理している程度の事務については、原則としてすべての基礎的自治体で処理できるような体制を構築する必要がある。

  • 今後想定される改革もこのような基礎的自治体が安定的に財政を運営できるようにすることを基本として制度の構築が図られるべきである。第2次地方分権改革において新しい基礎的自治体をこのような事務権限と財政基盤の双方を有するものとすることにより、これを今後の地方分権の主たる担い手として位置付けていくことが可能となる。

今後、わが国において地方分権の実を挙げ、第2次地方分権改革の道筋を確かなものとしていくためには、原則として国土の大半がこのような地方分権の担い手となる基礎的自治体の区域に区分されることが望ましいものと考える。

  • 地方自治法によれば、「地方公共団体は、その事務を処理するに当たっては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければなら」ず(第2条第14項)、「常にその組織及び運営の合理化に努めるとともに、他の地方公共団体に協力を求めてその規模の適正化を図らなければならない」(同条第15項)。このように、地方自治体においては、常にコスト意識を持って様々な行政事務に取り組んでいかなければならない。

国・地方を通じる財政の著しい悪化など地方行政を取り巻く情勢が大きく変化している中にあって、基礎的自治体においても、さらに一層効率的な行財政運営が求められている。

  • これまでの市町村の歴史を振り返ると、明治以来、わが国の市町村は、国の法令に基づく事務を処理するために「自然村」を統合した「行政村」として設置されてきた。今後の地方分権時代の基礎的自治体においては、権限移譲等に伴い「行政村」として期待される役割が一層増大することが想定される。

わが国の市町村は、明治初期に、戸籍事務を処理するために設置された団体をその原型としている。以後、小学校事務の処理を目的に300戸から500戸を標準として「明治の大合併」が行われ、中学校事務の処理を目的に人口8000人を標準として「昭和の大合併」が行われたものと概括することができる。

現在行われている市町村合併は、国全体の人口が減少していく時期が目前に迫っているという背景の中で(厚生労働省の人口推計によれば、平成18年をピークとして、人口が減少する見込み)、分権の担い手にふさわしい行財政基盤を有するとともに地域の総合的な行政主体としての性格を有する基礎的自治体を形成するために、経営単位の再編成を行おうとしているものと位置付けることができる。また、同時にこれは、昭和の大合併以降、拡大してきた住民の生活圏や経済圏を基礎として、時代の要請にふさわしい区域を有する基礎的自治体に再編成しようとする動きでもある。

  • これにより、充実した自治体経営基盤をもち、住民、コミュニティ組織やNPO等と協働し、新しい公共空間を形成する基礎的自治体を創ることが可能となる。基礎的自治体が電子自治体や男女共同参画社会の形成などこれからの基礎的自治体に求められる新しい役割を真に果たすことができるものとなることを期待する。

(2)基礎的自治体における自治組織(住民自治の強化の観点から)

  • 基礎的自治体には、このような自治体経営の観点と並んで住民自治の観点が重要であることは言うまでもない。この点については、一般的に基礎的自治体が規模拡大することを踏まえて、基礎的自治体内部における住民自治を確保する方策として内部団体(法人格を持つものとするかどうかについては要検討)としての性格を持つ自治組織を基礎的自治体の判断で必要に応じて設置することができるような途を開くことを検討する必要がある。
  • 特に、市町村合併によって形成された新しい基礎的自治体においては、旧市町村単位に創設される自治組織について検討を進める必要がある。

これについては、現行の合併特例法における地域の意見を反映させる仕組みである地域審議会の制度に加え、新たな制度を検討する必要がある。

  • このような自治組織の制度を創設することにより、基礎的自治体を自治体経営の単位と構成しつつ、当該地域の住民が自らの発意と負担で地域を主体的に運営していくことができるのではないか。このような自治組織についても、住民や様々なコミュニティ組織、NPO等と協働できるものとしていく必要がある。

(3)分権の担い手にふさわしい規模の基礎的自治体に再編されなかった地域

  • 上記(1)のような基礎的自治体を形成していくためには、先に述べたように市町村合併を関係者の真摯な努力によって推進していくべきである。

しかしながら、平成17年3月の合併特例法の期限までに、目指すべき規模の基礎的自治体に再編成されなかった地域が残る可能性もあり、これをどのように取り扱うかということが問題となる。

  • このような地域については、後述するように、まず、平成17年4月以降、一定の期間、現行の合併特例法と異なる手法によってさらに強力に市町村合併を推進し、目指すべき基礎的自治体への再編成を図るべきである。

その後、それでも再編成されなかった地域については、例外的な取扱いを考える必要がある。

  • 具体的には、現在、市町村に対して法令で義務付けられている事務の全部又は一部を目指すべき規模の基礎的自治体に再編成されなかった団体、すなわち小規模な団体、には義務付けないこととし、別の行政主体に当該事務を義務付けることを検討するという選択肢が考えられる。

これにより、法令による事務の義務づけのほとんどすべてから解放された団体については、当該区域の住民の選択と負担により自治を運営する途を開くという選択肢もあるのではないか。

  • 現在、中山間地域は、森林の水源涵養機能や食糧自給の機能等の重要な役割を果たしている。しかしながら、上記のような小規模な団体に、このような地域を支え維持する役割を単独で担うことを求め続けることは、団体の現況や今後の少子高齢化の動向を踏まえれば、現実的な選択とは言い難いのではないか。むしろ、都道府県や再編された上記(1)のような基礎的自治体にこの役割を果たすよう事務配分することの方が現実的ではないか。

3 今後の目指すべき基礎的自治体の具体的イメージ

  • 以上のような議論を踏まえると、今後の基礎的自治体のあるべき姿として、自治体経営の観点から、一定の規模・能力が必要である。これを、例えば現在の市が処理している事務を処理できる程度のものとしてはどうか。
  • 人口については、市並みの事務を処理し権限を行使することを目指し、例えば人口○○未満の団体を解消することを目標とすべきではないか。後述するように、これを実現する方策として、いくつかの選択肢がありうるのではないか(下記4参照)。

なお、人口要件の他に考慮すべき要素があるかどうかについては、検討する必要があるのではないか。

  • 仮にこのような方向で、基礎的自治体の再編成が進むとすれば、現行の市町村の要件についても見直しを検討する必要があるのではないか。

4 合併特例法期限後の基礎的自治体の再編成のあり方

  • 上記3を前提とするならば、現行の合併特例法期限後の基礎的自治体の再編成については、次のような進め方を検討すべきではないか。

(1)さらなる合併の強力な推進

  • 平成17年4月以降も分権の担い手にふさわしい規模能力を有する基礎的自治体が国土の大半をできる限りカバーすることができるような体制を目指すこととする。

このため、現行の合併特例法の失効後は、同法と異なる発想のもとに、一定期間さらに強力に合併を推進することとする。具体的には、合併によって解消すべき市町村の人口規模(例えば人口○○)を法律上明示し、都道府県や国が当該人口規模未満の市町村の解消を目指して財政支援策によらず合併を推進する方策をとるものとする。

(2)一定期間経過後のあり方

  • 上記(1)の期間が経過した後、それでも合併に至らなかった一定の人口規模未満の団体について、下記アにより対応する案、下記イにより対応する案、又は下記ア、イ両方により対応する案などを検討する必要があるのではないか。

なお、合併特例法期限内に合併した市町村で、合併後人口が上記の一定規模に満たない市町村に対しては、一定期間、このような対応を猶予する措置が必要である。

ア 事務配分特例方式

  • 一定の人口規模未満の団体について、これまでの町村制度とは異なる特例的な制度を創設することとする。
  • 例えば人口△△未満の団体は、申請により下記のような団体に移行することができるものとする。

さらに、例えば人口△△未満のうち人口○○未満の団体は、これに移行するか、他の団体と合併するかを一定期日までに選択しなければならないものとする。

  • この団体は、法令による義務付けのない自治事務を一般的に処理するほか、窓口サービス等通常の基礎的自治体に法令上義務付けられた事務の一部を処理するものとする。通常の基礎的自治体に義務付けられた事務のうち当該団体に義務付けられなかった事務については、都道府県に当該事務の処理を義務付けるものとする。これにより、都道府県はいわば垂直補完をすることとなる。
  • 都道府県は当該事務を処理する責任を有するが、その事務を近隣の基礎的自治体に委託するか、広域連合により処理するか、直轄で処理するかを選択するものとする。
  • 組織や職員等については、事務の軽減に伴い、極力簡素化を図ることとする。例えば、長と議会(又は町村総会)を置くものとするが、議員は原則として無給とすることなどを検討する。また、助役、収入役、教育委員会、農業委員会などは置かないことを検討する。

イ 内部団体移行方式(包括的団体移行方式)

  • 例えば人口××未満の団体は、他の基礎的自治体への編入によりいわば水平補完されることとする。名称は、旧町村のままとすることも可能とし、一定期日までにこの編入先の基礎的自治体の内部団体に移行するものとする。編入先の選択については、当該市町村の意見を聴いて、都道府県知事が当該都道府県議会の議決を経て決定する。

この結果、編入先の基礎的自治体は、複数の旧市町村を包括した連合的な団体となる。

  • 当該内部団体の事務については、原則として法令による義務付けをなくし、その属する基礎的自治体の条例により定めることとする。
  • 当該内部団体の組織については、大幅に簡素化し、その属する基礎的自治体の条例により定めることとする。
  • 当該内部団体の財源については、その属する基礎的自治体からの移転財源を除き、当該内部団体に属する住民の負担によって運営することとする。

(3)旧市町村単位の自治組織

  • 上記(1)において、合併市町村の内部組織として旧市町村単位の自治組織を設置する場合には、当該自治組織のあり方によっては、旧市町村が連合して新しい都市を形成するいわば連合都市の形態をとることとなる。
  • 上記(2)アのうち、一定の人口規模未満の団体が合併を選択した場合において、旧市町村単位の自治組織を設置するときにも、上記(1)と同様、当該自治組織のあり方によっては、いわば連合都市の形態をとることとなる。
  • 上記(2)イの一定の人口規模未満の団体が他の基礎的自治体に編入される場合には、当該団体の意思に関わらず当然に他の基礎的自治体に編入されることとなるため、法人格を有する内部団体として位置付けることが適当ではないか。
  • 上記(1)及び(2)アの合併市町村内の団体が法人格を有するかどうかについては、検討を要する。
  • この組織は、その属する基礎的自治体の条例により、処理する事務や組織を定めることを基本とし、その属する基礎的自治体からの移転財源を除き、当該内部団体に属する住民の負担によって運営することとする。

「西尾私案」への対策はある

千葉大学教授・東京大学名誉教授 大森彌(第2428号・平成15年2月17日)

全国町村会は、地方制度調査会から「西尾私案」に対案を出すようにと要請を受けた。小規模市町村の事務権限を縮小するといっても、どの範囲の、どういう事務なのか明確でないため、何に対する対案を考えればよいのか判りにくいが、もし対案というのならば、おそらく次の2点にかかわるだろう。

1つは、17年度以降、再度、国が一定の期間、合併を呼びかけることの是非とその手法についてである。一挙に人口基準の小規模な町村を整理・解消することと、強制合併に踏み切ることを避けるため、一定期間、国が「自主合併」を促すことは拒否できないのではないか。その際、このたびの合併では市側の対応に問題がある場合もあり、呼びかけの対象を一定の人口以下の町村に限らず、全市町村とすべきである。また、財政支援はやめ、しかも強制にならない手法をとるとすれば、ぎりぎり、都道府県の斡旋・調停・勧告までに限定すべきである。そして、周辺地になる旧町村を寂れさせないため、合併後の自治体内部に地域審議会を越える公的仕組み(「近隣自治組織」)を設置できるよう法的整備を行うべきである。

もう1つは、縮小・肩代り案は非現実的であるので、一定人口未満の町村を近隣の市に強制編入し、その内部団体化する案に対案が考えられないかどうかである。強制編入は受け容れがたい。しかも「西尾私案」は、基礎自治体のあり方を、広域連合方式を断念し合併一本に凝り固まって考えてしまっている。そこには、一定人口未満の町村の事務を縮小し、都道府県の責任にする案が含まれているが、その実施形態として広域連合が内包されているではないか。一旦否定した広域連合を裏口から呼び込んでいる。これも納得できない。現行の広域連合を、より統合力の発揮できるものへと手直し、しかも相当の事務権限を新たに移譲し、「自主的編入」案と並ぶ選択肢とすることが十分考えられる。町村を解消させてはならない。