後藤 好邦
終身雇用の代名詞、それが公務員であることは今でも間違いのない事実である。しかし、その状況がここ数年で大きく変わろうとしている。確かに寺院や農家など、実家の家業を継承するために早期退職する公務員は以前から存在していた。しかし、2015年くらいを境に、「やりたいことが見つかった」、「前々から抱いていた夢を叶えたい」、「自分が望む働き方ができる組織で働きたい」といった、これまでとは違う理由で定年前に退職する公務員が少しずつ現れはじめた。そして、その動きは2019年度以降、急激に加速しているように感じる。そこで、自治体など公共部門でも本格的に起こり始めている人の流動性と、そうした流動性の中で自治体が取るべきこれからの人事施策について、私なりの考えを述べてみたい。
地方公務員の集まりの先駆け的存在の東北オフサイトミーティングを主宰
辞めるか、染まるか、変えるか
年度末、公務員を退職する方がフェイスブックなどでその報告を行う姿を毎年眺めている。以前はほとんどが定年退職であったが、年々、それ以外の理由で公務員を退職する方や、他の自治体に転職する方が増えている。その動きは前述したように、2015年から徐々に顕在化し、2019年あたりから急激に増加しているように感じる。転職先も実に様々で、民間企業に転身する方もいれば、大学の教員になる方もいる。また、首長や議員など政治の道を志す方もいれば、自ら会社を立ち上げ起業する方もいる。他方、自分にあった働き方を実現するため、副業制度などが整った自治体に転職する方も現れ始めている。また、転職する方の人的属性も実に多様になっている。NHKの番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演した島根県邑南町の寺本英仁さんや「地域に飛び出す公務員アウォード」を受賞した山田崇さんなど、スーパー公務員として全国的にも名の知られた公務員だけでなく、働き始めて数年の若手職員など、いわゆる普通の公務員も退職する時代になっている。実際に、私の周りでも広報誌の担当となりデザインの魅力を知ったことがきっかけで民間のデザイン会社に転職した4年目の若手職員などが存在している。つまり、公務員の転職は特別な人が行う珍しいことではなく、一般的な出来事になりつつあるということである。終身雇用が当たり前だった時代では、公務員が定年前に退職し転職するなど考えられないことだった。その点では、成熟社会が進展するなかで、自治体の世界にも生き方や働き方の多様性がどんどん浸透してきている証拠だといえる。また異なる言い方をすれば、民間分野で先行して起きていた人の流動性が、公務員の世界でも本格的に始まったともいえるだろう。こうした状況から2018年12月に開催した全国自治体職員ネットワークサミットでONE JAPAN代表の濱松誠さんよりお聞きした「終身雇用から終身信頼の時代へ『辞めるか、染まるか、変えるか』」という話が、公務員の世界でも年々リアルさを増しているように感じられる。
飛び出す公務員、時代を切り拓く98人の実践(学芸出版社)
自分の夢を実現させていこうと考えている若者
一方で、こうした公務員の転職に対する反応についても多様化している。自治体職員の可能性を伸ばすことと捉え歓迎する方もいれば、どんどん優秀な人材が自治体を離れていくと危機感を感じている方もいる。なお、私の考えは是でも非でもない。そういう時代だと割り切るしかないと思っている。ただ、転職することに対して、「せっかく公務員になったのにもったいない」という方がいるが、私は決してそうは思わない。むしろ自分のやりたいことや夢が見つかり、それを具現化するための行動を起こしていることに羨ましさを感じるとともに、そうした動きを応援したいという気持ちを持っている。今後、こうした動きは更に加速していくに違いない。その証拠に、これから社会に出ていく学生と話をすると、終身雇用という意識はなく、最初から複数の職業につきキャリアを積み重ねながら自分の夢を実現させていこうと考えている若者が少なくないからである。このような時代背景の中で大事なことは、自治体をはじめとした行政組織がこうした時代の動きに合わせた人事制度(採用、昇任、人材育成など)を構築していくことである。もしこうした取組を軽視するならば、人の流動性が激しい社会において、良い人材を確保することは難しくなるだろう。
魅力的な組織には自然と優秀な人材が集まる
自治体における人材確保はある意味で人口減少対策と同じような考え方で取り組むべきと私は考えている。つまり、そこで暮らす(働く)人たちが、生き甲斐(働き甲斐)を持って生活している(仕事をしている)魅力溢れる地域(組織)であれば、自然と人は集まってくるということだ。そうした点では、まずはES(従業員満足度)を高めることが大事で、そのことがパフォーマンスの向上につながり、最終的にはCS(顧客満足度)の向上が図られるのではないだろうか。これを具体的な動きに当てはめると、人事制度をより良いものにすることで、職員のモチベーションが高まり、これが組織の生産性向上に繋がり、最終的には市民満足度の向上となる。そして、そういった魅力的な組織には自然と優秀な人材が集まるようになるということだ。実際、職員採用や副業制度など、職員に着目した政策を効果的に実施している生駒市では、採用試験の受験者数が急激に増えている。また、その中には、今所属する自治体を辞めてまで生駒市に転職しようと考える人まで現れてきた。これもまた時代の動きを現した一つの出来事だと感じている。こうした生駒市の取組を1つのサンプルとしながら、それぞれの自治体が〇〇市モデルといったような新たな人事制度を構築していくことが重要なのではないだろうか。
自治体職員をどう生きるか(学陽書房)
非常勤講師をしている尚絅学院大学