なぜ地方公務員が博士号なのか?

北川雅敏

地方公務員が博士後期課程に進むメリットの有無について私見を述べさせていただきます。私は三重県の行政職職員ですが、40代半ばに京都大学大学院法学研究科法政理論専攻の博士後期課程に編入しました。全くのプライベートです。フルタイムで仕事をしながら3年で修了するのは難しいとの教授の助言に基づいて、入学時に4年の長期履修認定を受けました。結局、4年でも博士論文の質を合格水準までもっていくことが出来ず研究指導認定退学をしたうえで、5年かかって博士(法学)を頂きました。学位は法学ですが専門は行政学です。

国際社会で説得力のある主張をしたいなら博士号の取得を

なぜ地方公務員である私が博士課程へ進もうと思ったのか?理由は大きく3つありました。1つはパーソナルブランディングです。UNCRDという国連機関に派遣されていたことがあるのですが、同僚の多くは博士でした。また、そこでは途上国の行政官を対象に研修を行なっていましたが、研修生の中にも何人か博士がいました。国際社会で説得力のある主張をしたいならば地方公務員であってもこれからは学位が必要だと感じた次第です。この経験は私のキャリアパスに対する考え方にも大きく影響しました。大学院へ行くことは県庁内でのキャリア形成においては必ずしもプラスだとは思えませんでしたが、自分が死ぬ時に、仮に県庁で上り詰めることができたとして「元副知事」がいいのか、「博士」がいいのかと考えた時、私は後者を選んだということです。

「研究のお作法」を知りたかった

2つ目は「研究のお作法」を知りたかったということです。国連から県へ戻った後も修士くらいは取りたいと思っていたところ、大学院派遣のチャンスがありました。京大の専修コースという、今の公共政策大学院の前身に当たるところです。ここは2年で修了できたのですが、修了時点でも行政学が体系的に理解できていないということと、「研究のお作法」が分かっていないという未達成感がありました。

行政実務家とアカデミアとのリエゾンになれないか

3つ目は行政実務家とアカデミアとのリエゾンになれないかと思っていたことです。行政でも様々な場面で「有識者」のお世話になっていますが、双方の溝は大きいと感じていました。実務家は研究者に「どうなるのか?」という答えを期待し、研究者は理論は知っていても自分達は「預言者じゃない」と思っているはずです。こんな両者ですから架け橋になるリエゾンが必要だと考えていました。では、博士号を得てこれらの目的は果せたのでしょうか?

博士論文を書くことを通じて相当鍛えられた

まずパーソナルブランディングについては、これが金銭的メリットに繋がっているかとなると、私の場合はまだ投資回収には至っていません。おそらく総額で普通自動車1台分くらいの費用はかかっていますが、学位を取っても手当が付く訳ではありませんし、むしろ昇任が遅くなった分マイナスかも知れません。しかし、自信という意味ではメリットがありました。いつ役所を辞めても非常勤講師くらいの職はあるだろうと思えますので、役所に阿る必要がありません。これは仕事をしていく上では非常に自由になれます。知識とお作法ですが、行政学の体系的知識は未だに勉強中です。しかし、「研究のお作法」については博士論文を書くことを通じて相当鍛えられました。博士号は研究者の「運転免許」にも例えられますので、後はこのお作法に則っていかに研究を深めていくかということだと認識しています。リエゾンですが、これはこれからのチャレンジです。論文指導を受ける中で私が一番苦労したことは「一般化」でした。実務家と研究者は真反対を向いていることになります。しかし、リエゾンになれないのかと言えば、そうでもないと思っています。「研究のお作法」は行政実務の課題解決を考えるうえにおいてもとても役に立つ思考法です。また、研究者が何をどう考えているのかが分かります。

博士号の取得は価値がある

では具体的にどうすれば実務家が博士になれるのかについては字数の関係でここでは述べられませんが、博士号を取得することはいろいろな苦労、犠牲を払うだけの価値はあると思います。地方公務員のみなさんもぜひ博士の世界にお越しください。

Writer:北川雅敏