那須清吾
地域活性化の最前線
地域活性化は、①そこで人々が幸せに働き、住み、健康で、地域に誇りを持てること、その為の②地域社会の持続や進化、および、③事業創造や承継が行われている必要がある。これらに具体的に取り組み実現するのは地域住民や民間事業経営者や金融機関、行政官である。特に事業創造や承継を支えるためには、環境としての政策、金融、地域社会の在り方が問われる。事業創造において最近流行っている「エコシステム」とは、その地域に存在するこの様な関係組織や関係者およびその相互関係性、政策や地域の特性の総称であり、まさしく事業創造が行われる為の環境の仕組みを意味しているが、その多様な要素と関係性を含む環境の中で如何に事業創造あるいは承継していくのかが問われている。ここで登場する実務家は、起業家、事業経営者、関連支援企業或いは連携企業の方々、金融機関の方々、国・地方の行政官である。私が副会長を務める地域活性学会は、内閣府が全国の大学を知の拠点として地域活性化に時組むことを期待した延長線上で設立された学会であり、そこで実践的な知の拠点としての取り組みを行っておられる大学研究者も実務家であると言える。
実務家の経験知と学問
起業家や事業家の新事業創造の成功事例がよく行政のデータベースで紹介されることがあるが、他者がそれを参考に実践することは困難である。前述したとおり、多様な関係者が複雑に関係していて、その与えられた環境の中で事業創造する必要がある。また、私が実際に起業して得た経験から、起業はステップ毎に様々な環境変化や予測不能な状況に対応出来て初めて成功するのものであり、事例を知った程度では模倣はほぼ不可能であると言える。一方で、実務家は事業創造を成功させる秘訣や時として直観的に事業構想を提案し、重要な経営判断を行っているが、自らがその根拠を説明が出来ない場合が多い。それでは、実務家の経験を活かして地域活性化を展開することが出来ない。地域活性化を推進する為には彼らの経験知を理解できる知として次の実践者に伝え、どの様な実務能力や方法論を身に付ける必要があるのかを理解してもらうことが重要である。誰もが正しいと認める学問で経験知を伝達可能な形式知として説明できることが重要であり、そこに学問の重要な役割がある。
吉野川の最上流、高知県本山町
地域活性学の確立が実務家を支援
学問は、自然現象や社会現象からその成り立ちを説明出来る理論を学んだ結果である。過去から営々と積上げてきた研究成果の集大成であり、だれもが納得できる基礎的理論を提供してくれる。大学の職業研究者の多くはこの基礎理論から新たな発展理論を展開すること、既存理論に対する疑問から新規の理論を創造することに長けている。起業した経験から分かったことは、事業創造を成功させる上でこれらの基礎理論を使うことは非常に重要である一方で、実際に成功に導いてくれたのはその過程で得た経験知だということである。この実務家の経験知を可能な限り伝達可能な形式知へと変換することとは、基礎理論を実務に応用すること、より詳細な理論を追加すること、実務から新たな理論を発見することで可能となる。仮に実務家がこの形式知への変換に貢献したなら、学術的基礎理論と実務的応用理論が統合され地域活性学会が目指している「地域活性学」の体系化が可能となる。「地域活性学」は、それを学んだ実務家が実際に起業や事業創造などを実践する方法を自ら考え創造できることを目指している。
実務家研究の手順と学の進化
実務家の研究は、その実務経験や経験知を有していることに優位性がある。職業研究者が持ちえない豊富で詳細な経験知は、特に地域活性化の様な実践を重視する分野の研究では非常に大きな役割を果たす。実務家のこの様な知は、本人しか理解できない暗黙知であることから、論理的な説明を伴う形式知にすることで初めて他者が理解できる。いわゆる経験談やエッセーの様な形式知では、なぜ成功したか、なぜ課題が発生したかを理解することは出来ない。実務家が自らの経験および経験知を対象とする研究活動を通じて研究論文を書く意義がそこにある。第一に、実務家自身しか知りえない経験知を詳細に記述することで、その経験知が形式知として読んだ人に伝わる。第二に、そこから得られる仕組みやパターンを読み解くことで、成功に至る法則性や思考方法が明らかになる。第三に、なぜその様な仕組みやパターンが成功へと導き、法則性が成立し、思考方法が有効に働くのかを理論的に説明することで、それを読んだ次の実践者が成功の理由やメカニズムを論理的に理解できるようになる。論理的に理解することで、次の実務家は自分のケースではどの様に応用したらよいのかを思考することが可能となる。そこでは、既存の学問が提供する理論が実務家研究を支えてくれる。第一から第三の段階の実務家研究が蓄積されることで、新たな普遍的な基礎理論が創造されると考えが、勿論、大学の職業研究者の基礎理論研究があって成立するのが実務家研究である。
地域活性学の体系
地域活性学は、既存の〇〇学とは異なる体系になると考える。第一に、実務家が地域活性学に基づいて実践出来ることが重要であり、それは多様な学問分野を統合して実現しようとしている事業を理解し、或いは、課題構造を理解することが出来る方法を思考・実践出来る形式知を提供することが求められる。第二に、事業創造が価値創造の仕組みやその為の事業リスクや資金・金融リスク、組織・人材リスクなどに対応する具体的な各分野での実践的方法を思考・実践出来る形式知を提供しなければならない。これらの要件を持たす地域活性学は、①活性化の目的に応じた学術統合による分析と思考方法、②学問分野毎の形式知、③理論と現実を繋ぐ形式知、④基礎理論と応用理論の関係性、⑤基礎理論・政策・実践の各分野の関係性の提示などが求められる。更には、⑥これらの体系を確立し進化させる為の研究方法論が示されるべきである。
実務研究者の研究形態
私がコース長を務める高知工科大学大学院起業マネジメントコースでは、実務家である社会人を対象とした教育研究を行っている。そこでは、研究対象を複数の学問で分析し論理的に理解した結果を統合することで、課題や事業創造の論理構造を明らかにする学術統合を研究活動で実践している。論理構造が明らかになれば、課題解決や事業創造の方法論を創造することができる。実務家である起業家、経営者、企業職員、行政職員など様々な社会人が研究を行っているが、前述した「実務家研究の手順と学の進化」で示した研究手順は、実務での経験知が豊富であるが故に比較的円滑に行われる。事業創造、行政課題、地域問題、医療問題、政策課題など極めて多様なテーマを扱っているが、前述した研究手順は共通して機能しており、地域活性学を確立する上で重要な①~⑥の要素を全て含んでいる。多くの実務家が、地域活性化研究に参加して頂き、その成果を集大成して地域活性学が確立することに貢献して頂けることを望んでいる。
Writer:那須清吾
毎日フォーラム2022年6月号視点に掲載