【地域活性学】ミッション・エコノミー(出版)

マリアナ・マッツカート  (ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン経済学教授。同大学イノベーション&パブリックパーパス研究所創設所長。世界保健機構(WHO)「万人の健康のための経済会議」議長)

NHK欲望の資本主義2023 逆転のトライアングルに賭ける時(2023年1月1日放送)を見て、出演していたマリアナ・マッツカートに興味を持ち、彼女が著したミッション・エコノミー(ニューズピックス社)を購入しました。「第3章 新自由主義の間違い」を中心に抜き書きしました。今後の地域活性学の議論に向け情報提供します(斉藤)。

ミッション・エコノミー(ニューズピックス社)https://publishing.newspicks.com/books/9784910063195

 

ミッション経済の時代

ミッション志向経済とはまさしく、大胆な成果を実現するために、政府が内側からどう変化しなければならないのか。また、他の参加者との関りをどう変えることが必要かを問うものだ。税制や財政改革、金融政策といった政策は、道しるべを失っているのが現状だ。産業の非金融化や持続可能な社会を目指す、システム全体の方向性がない。税制その他の手段を通してコスト構造を変革し、廃棄物を削減したり材料やエネルギー使用や大気汚染を減らすための投資を促進しようともしていない。正しい方向性が組み込まれ、経済全体のイノベーションと投資行動に相乗効果をもたらすようになっても、政府にはまだやるべきことが多くある。政府自体ががらりと姿を変えてイノベーティブな組織となり、パーパス志向の経済をうながすような力と能力を持つ必要がある。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p47

政府の役割は「救済」「再配分」ではない

1980年以降、官僚は民間部門の補佐役以上の仕事を恐れ、リスクを避けるようになった。リスクテイクは官僚の仕事ではない、とされてしまったのだ。実際、政府は投資下手で、変化の方向性を決めるべきではなく、、あしてや「勝ち組を選ぶ」などもってのほかだという意見が一般的だ。これまでは、救済にしろ、再配分にしろ、しりぬぐいが政府の役割だとされてきた。社会がよりしなやかでインクルーシブで持続可能になるように、これまでとは違う形で富を生み出し、経済を形づくることは、政府の仕事だとは思われていない。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p48

価値を生み出し、リスクを取るのは企業だけではない

経済理論の根底にあるものが、「企業こそが価値を創造する」という前提だ。政府の仕事は、ゲームのルールを決め、規制し、再分配し、市場の失敗を直すことだと思われている。2008年の金融危機で中央銀行が金融システムの崩壊を防いだことは脇に置かれて、中央銀行は単なる「最後の貸し手」と見る理論が一般的だ。その結果、多くの分野で公的機関は自信を失い行動できなくなった。しかも行動する能力まで失っている。官は価値を創造しないとみなされ、役所の「経営戦略」や「意思決定科学」や「組織行動」といった能力に投資する必要もないと思われている。しかも、公的機関は自ら企業と組んで社会課題を解決しようとはせず、むしろ公的機関の民営化や外注を進めてきた。民間企業にリスクを負わせたつもりが結局納税者に負担を負わせ、一部の企業が儲けてリスクは社会が負うことになる。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p49

重要なのはポートフォリオ

政府が「最初の投資家」として経済の舵を握り、デジタル革命や環境対策の目標に向けて行動するとすれば、当然ながら、誰かに賭けて勝ち組を選ぶことになる。ただ、政府は方向性を決めたら、その方向性の中で幅広いポートフォリオに投資すべきだ。言い換えれば、ひとつの技術や特定の業界(たいていは、ロビー活動が強い業界)、あるいは企業の種類(中小企業など)を選ぶのではなく、複数の業界にまたがる新しい協力関係を促進し、そこに関わる企業の成長を広くもたらすような方向を選ばなくてはならない。つまり勝ち組を選ぶのではなく、意欲ある人を選ぶということだ。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p77

「大きな政府」対「小さな政府」論争より大切なこと

政府は小さければ小さいほどいいと考えてしまうかもしれない。政府についての今どきの政治的議論のほとんどは、大きいか小さいか(GDPという間違った指標における政府支出の割合が目安になってしまう)と予算に関わるもので、政府が人々のためにどう価値を創造するか、またその能力をどう高めるかは議論の俎上にのぼらない。ましてや人材開発、知識、人脈、専門知識といった非財務的なリソースについては、ほとんど語られることはない。しかし、こうしたものは政府や組織の大きさに関係なく、効率性に直接関わるものだ。政治の上層部から地方自治体から専門機関まで、どのレベルにおいても能力は必要である。大切なのは、組織運営手法のイノベーションに投資し、外向きには長期的な生産性の向上に投資することだ。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p79

公共財とは何なのか

公益の方向性を決めるには、公共財を社会の目標として見るべきで、市場の失敗を修正するものと考えるべきではない。きれいな空気から公教育まで、公共財とは社会のみんなの願いと投資とと社会運動による圧力の結果である。そうした公共財を生み出すには、計画と管理の知識と能力が必要で、さまざまな利益団体の調整もその能力の一部だ。そう考えると、集合的価値創造の理論を前提としてはじめて、公共目的をかなえるために公共財をつくり出すことが可能になる。「社会が求める公共価値が提供されているか、あるいは保証されているか」の問いは私たち21世紀の資本主義をどう運営するかを考える上で基本になる。医療イノベーションをどう生み出すか、デジタルプラットフォームをどう管理運営するか、異なる意見をまとめて都市の新しい生き方を共に考え環境に優しい社会への移行をどう設計してゆくのか、モビリティの未来、カーボンニュートラルな建築、実験的公共空間をどう共につくっていくか。生産、流通、消費の中心に公益と公共価値の概念を置き、経済の方向を変えてはじめて、よりインクルーシブで持続可能な社会を共に実現することができる。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p209

組織:機動力

価値を共創し、市場を形成するには、官民の両方に機動的な実験能力と学習能力が必要になる。民間では「学習する組織であれ」とよく言われるが、公共部門では学習の大切さが問われていない。公的機関が積極的な市場形成の役割を担うにあたっては、戦略的な行動の生み出し方と実行法を考え直す必要がある。また、公務員の育成方法(研修から業務評価、昇給まで)を見直し、役所の仕事の管理方法(部門横断的なチームから、実行可能なイノベーションを生み出すための反復的な実験まで)も考え直すべきであろう。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p213

パーパス志向の企業

産業の仕組みを変えて、民間企業が目先の金もうけのために利益を運用するのではなく、広く経済に還流させるよう再投資する方向に導くことだ。ミッションを通して、新しいビジネスチャンスをつくり出し、公共投資のリターンをあげることで、この転換を加速できるはずだ。そうすれば、ステークホルダー価値が実現できる。ミッション志向の考え方は、不確実性や実験を受け入れることを求める。1932年、ルーズベルトはこう言った。「この国が必要としているのは、私がその気質を間違えていない限り、大胆でねばり強い実験です。ある方法を試してみて失敗したら、失敗を率直に認めて別の方法を試すのは当り前ではないですか。何よりも『試してみる』ことが大切なのです」「試してみる」とは、ルーズベルトがやったように、リスクを取り、実験を歓迎し、ビジョンを掲げ想像力を働かせて公共投資を行うことだ。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p254

欲望の資本主義2023 逆転のトライアングルhttps://www.nhk.jp/p/bs1sp/ts/YMKV7LM62W/episode/te/Z2QQ2NQRL3/

ミッションマップ

「ミッションマップ」は解決したい課題は何か?」という問いから始まる。その答えをゴールと位置づける。その課題に取り組むことで、さまざまな分野での投資やイノベーションが促進され、プロジェクトレベルである方法を試してみて失敗したら、失敗を率直に認めて別の方法を試すことで新たな協力関係を生み出す。

マリアナ・マッツカート,2021年,ミッション・エコノミー,p141

 

GRAND CHALLENGES=大きな課題 MISSIN=ミッション Sector=セクター

図1 課題からミッションとプロジェクトへ

資料:MISSIONS: A BEGINNER’S GUIDE (Professor Mariana Mazzucato
Founding Director, Professor in the Economics of Innovation)

 MISSIONS: A BEGINNER’S GUIDE  https://www.ucl.ac.uk/bartlett/public-purpose/sites/public-purpose/files/iipp_policy_brief_09_missions_a_beginners_guide.pdf

地域活性化政策が対策から社会的価値の創造へ向かうためには、社会的価値を生む新しい地域ビジネスのかたちが必要だ

地域活性化政策は、地域課題を解決するための対策から、社会的価値の創造へと向かっている。社会的価値の創造は民間企業に委ねるのではなく、政府や地方自治体が、自らがリスクを負って、イノベーションを起す主体となるべきとマリアナ・マッツカートは言っている。斉藤は、地域社会に貢献する新しい地域ビジネスのかたち(パーパス志向の企業)があるはずと考えている。新しい地域ビジネスは、マリアナ・マッツカートが言うようにリスクと報酬の社会化が得られることに賛成だ。過疎地域、集落が、新しい地域ビジネスのかたちを実行することによって社会的価値を生み出すことができる。おそらく、これは試行錯誤を伴う。政府や地方自治体はこのようなイノベーションに投資すべしというマリアナ・マッツカートを支持する。マッツカートを今度マツコと呼ぼう。

 


 

図2 対策から、社会的価値の創造へ、国主導から個人へ

資料:斉藤俊幸作成

【地域活性学】地域活性化政策はどこに向かっているのかhttps://chiiki-kassei-jk.com/archives/3819

(参考)社会課題取り組む新興企業 政府、来年度に認証制度

政府は環境や福祉などの社会課題に取り組むスタートアップを支援する認証制度を2023年度に設ける。世界ではESG(環境・社会・企業統治)の観点を重視した投資が拡大している。政府のお墨付きによって、こうした資金を呼び込みやすくする。ベネフィット・コーポレーションと呼ぶ米国の制度を参考にする。

日経新聞2023年1月11日(水)朝刊

 

地域活性学に関するご意見をお待ちします。