50歳を超えていよいよ博士論文執筆

田原洋樹

マネジメント経験を通じて人材育成に興味と関心を抱く。

教員に転身する2014年以前、1992年から2007年にかけては、株式会社JTBにおいて、旅行の法人営業をしておりました。(自分でいうのもはばかれますが)比較的営業成績が良かったこともあり、2005年には、当時の史上最年少営業マネジャーとして、メンバー15名からなる法人ソリューションチームをマネジメントする立場となりました。しかし、プレイヤー時代とは違い、マネジメントするのは楽ではありませんでした。業績もあがらず、チーム内のメンバーもぎくしゃくしだし、チームは崩壊寸前までいきました。その後、メンバーの頑張りもあって、チーム状況は少し改善したものの、この経験が、自身のその後のキャリアに大きな影響を与えることとなりました。JTBでのマネジメント経験を通じて、人材育成に興味と関心を抱き、2007年にJTBを退社、リクルートマネジメントソリューションズ(以下RMS)において、人材開発コンサルタントに転身しました。RMSでは、主に民間企業のビジネスパーソンを対象とした人材育成に携わりました。2007年から2011年にかけて、のべ400社、1万人におよぶ大手企業の人材を対象とし、新入社員教育をはじめ、管理職研修ほか各階層別、専門テーマ別の人材教育に寄与しました。また2010年から2011年にかけて、インバウンド観光客の誘客を目的とした、観光庁が主催する観光事業者向けの全国セミナーの主担当になりました。この事業をきっかけとして、2011年に会社を設立し、観光地域の促進に携わることになりました。衰退する地方の若手人材に対する起業支援、観光経営に携わる経営者を対象とした観光マーケティングセミナーなど、全国の観光地域における観光振興と人材育成に携わりました。

教員としての新たなキャリアをスタート。会社で習得したアクティブ・ラーニングスタイルの授業運営は、大学での教育現場においても活かされている。

このような実務経験をもとに、2014年、東京国際大学で、教員としての新たなキャリアをスタートさせました。文部科学省の一環としてのCOC事業に携わり、「観光」による地域振興をテーマに、学生の課題解決型教育に尽力しました。続けて2017年からは、東京多摩にある明星大学において、多摩地域の活性化をテーマに、新たな地域ブランド商品の開発をはじめとする産学官の連携活動に取り組んでいます。日野市のふるさと納税返礼品の開発や、東京日野市と姉妹都市である岩手県紫波町との共通ローカルスイーツの開発も手がけました。2019年に、ゼミ生が中心となって取り組んだ、東京あきる野市での「非設型カフェ」のイベントは、大学プレスセンターのアクセスランキング(2019年10月-12月)で1位を獲得しました。また、このインベントで回収したアンケートデータをもとに、商店街での買い物行動が、住民間のコミュニケーションを誘発し、地域愛着を醸成させるといった、実証研究を行ないました。本研究は日本地域政策研究に投稿しています(田原2021a)。このように、私は、実務家として、また教員として、活動の場を変えながら、地域の活性化や観光事業に携わる、またはこれから携わろうとする多くの人材の教育活動をサポートしてきました。特に、2007年以降のRMSにおいて習得した、アクティブ・ラーニングスタイルの授業運営は、大学での教育現場においても活かされています。

教員としての活動、田原ゼミメンバーと

論文もろくにかけないのに指導ができるのであろうか?

実務経験を経て、教員へのキャリアを歩むなかで、研究活動に対する思いも変化が生じます。明星大学へは、公募に挑戦したことがきっかけでした。その時点では、私は学士しか持っておらず、アカデミックな経歴はほとんどありませんでした。「自身の豊富な実務経験があれば、何とかなるだろう」と、根拠のない自信を支えに、本格的な教員生活をスタートさせたわけですが、やがて、その根拠のない自信は崩れます。学部の教員のほとんどは、博士号を取得していました。アカデミックな知識が豊富な教員同士の会話について行けず、次第に焦燥感、劣等感にかられるようになります。また、翌年からゼミを持つことが決まっていた私は、「論文もろくにかけないのに指導ができるのであろうか?」という不安感もつのります。そこで、一念発起し、2018年4月に法政大学大学院政策創造研究科の修士課程に進みました。人材育成を専門とされる石山恒貴教授のご指導のもと、2年間の修士課程を無事に終えました。卒論のテーマは、『域学連携型授業に観られる学習効果の検証について―社会人基礎力の習得変化度とその影響要因に着目してー』です。自身が教員として学生とともに、地域に入る中で、学生は地域からどのような価値を獲得しているのか?という問題意識が芽生え、それを実証するための研究でした。2年はあっという間で、もう少し学びを深めたいという思いがありました。

博士課程は大学を選ぶというより、自身の研究テーマにふさわしい指導教官を選ぶもの

自身が教員になる以前のキャリアは、前半は観光地域の促進、後半は企業人材の育成でした。そこで今後の研究テーマを、2つのテーマを統合させ、「観光地域に関わる多様な人材」に焦点をおき、自身の研究テーマに合致した先生を探していました。インターネットで探索的に調べているうちに、観光地域マネジメントや地域資源戦略などを専門とされる北陸先端科学技術大学院大学(以下JAIST)の敷田麻実研究室のホームページに行きつきました。敷田先生がJAISTにいらしたので、そこを受験しました。敷田先生が別の大学にいらしたら,別の大学を受験していたと思います。受験前に敷田先生に会うため、石川県を訪問しました。博士課程は、大学を選ぶというより、自身の研究テーマにふさわしい指導教官を選ぶことが求められます。またJAISTは、博士後期過程志望者は基本的に事前に教授との合意のもと受験を認めるルールとなっています。そして2020年4月に、JAISTの博士後期課程に進学を決めました。

研究活動、社会人大学院ゼミメンバーと

北陸先端科学技術大学院大学には東京に社会人コースのキャンパスがある。

JAISTは、日本で初の国立の大学院大学で、平成2年に石川県能美市に創設されました。名前に北陸とついていますが、東京の品川に社会人コースのキャンパスがあるので、北陸に通うわけではありません。(しかし、結局この2年間は、コロナでほとんどオンラインでしたが。)敷田研究室は、観光学や地域研究を志す多くの研究者が全国から集まり、とても刺激的な研究生活を送っています。とりわけ、メンバーの約半数が大学教員であるため、同じ境遇におかれた同志として、オンラインでありながら強固な関係性が築けていると思います。

出典:北陸先端科学技術大学院大学東京サテライトホームページ

https://www.jaist.ac.jp/satellite/sate/

50歳を超えていよいよ博士論文執筆、論文投稿では査読者からの厳しいフィードバックもあり、心が折れそうになることもしばしばある。

今年3年目を迎える私は、正にこの1年が正念場だと捉えています。査読論文もいくつか揃いましたので、あとは論文執筆に取りかかる段階になりました。博士前期~後期課程のこの4年は、正にあっという間の時間だったような気がします。論文投稿の際は、査読者からの厳しいフィードバックもあり、心が折れそうになることもしばしばありますが、50歳を超えて、こうして学べる環境にいることを心の底から楽しんでいます。

社会全体が大きく変わろうとしている。

さて、新型コロナウイルスの蔓延によって、観光地域をはじめ、社会全体が大きく変わろうとしています。なかでも、ここ数年間のインバウンド依存による観光地経営は、戦略変更を余儀なくされました。観光地域経営や、まちづくりの教育領域においても従来の固定概念からのパラダイムシフトを考えなくてはならないと感じています。ヒントとなる現象も散見できます。たとえば、若者の都市部から地方への移住という、いわゆる「田園回帰」傾向は2020年以降、高まりを見せています。国の関係人口の創出、拡大政策も追い風となり、地域課題の解決を生業とする若い社会起業家の出現も今後増加する傾向にあると実感しています。2021年に、福島県西会津町という人口6000名に満たない小さな町で、国内外から若い起業家が集まり観光地形成に参画する現象を取材し、論文を執筆しました(田原,2021b;2021c)。小さな過疎の町での若手人材の確保と育成、価値共創の促進は、ポストコロナの観光地経営やまちづくりの新しい先進モデルになり得ると実感しました。コロナウイルスの蔓延という、時代の過渡期にさしかかっているなか、教員として、学生とともに地域に向き合い、山積する社会課題を探求しながら未来の観光人材育成に携わることを、今後の私のキャリア目標としています。今後も可能な限り学生とともにフィールドに出向き、学生が成長する瞬間を見守り続けたい。それこそが、今後の私の教育の抱負です。

Writer:田原洋樹

【引用】

田原洋樹(2021a)「住民の消費行動の違いが地域愛着醸成プロセスへ与える影響につい て―秋川地区における非常設型地域プラットフォームのケースを事例としてー」,『日本地域政策研究』,26,pp.84-93

田原洋樹(2021b)「観光まちづくりにおける人材確保と育成のメカニズム―起業プログラムNCL西会津を事例として」,『地域活性研究』,14,pp.95-104.

田原洋樹(2021c)「観光地域で見られるアクター間の価値共創―福島県西会津を事例と して―」,『地域活性研究』,15,153-162.