「違和感」は、言葉で伝えられる性格のものではない
私たちの脳が出す結論は、入手した情報の量によって全く違ってくるので、正確な理解、後悔しない意思決定、行動選択をするには、「情報収集が決め手」になります。そのためには、「システムⅠ(無意識の脳)」が私たちの意識に伝える〈感覚的違和感〉信号を聞き逃さない、その意味を取り違えないことが、とても重要になります。しかし、「違和感」は、言葉で伝えられる性格のものではないので、どういう感覚なのかは想像するしかありません。そこで、どうすればいいか、そのやり方をご紹介します。以下の例を、皆さんも一緒に考えてみて下さい。
【問】(少し前の話ですが)東京五輪・パラリンピック組織委員会の森会長は、以下の発言をし、辞任に追い込まれました。
「女性がたくさん入っている会議は時間がかかる。女性は、優れているところだが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思って発言するんですね。女性を増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります。」マスコミは一斉に反発し、A新聞は以下の記事を掲載しました。「森会長が、会合で『女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる』などと差別的な発言をし、波紋を広げている。(中略)言動を性別に結び付けて揶揄して(からかって)おり、明らかに女性蔑視に当たる発言である。(中略)辞任すべきだ。」
1.あなたが「ん?」と思ったことは、どんなこと?
さて、あなたは、どの文章、どの言葉に「ん?」「そうかな?」「よくわからない」と感じたでしょうか。一文一文読んでみて、引っかかったところを、とりあえず並べてみて下さい。これが最初の作業になります。
(例)「女性が多い会議は時間がかかる」・・・そうかもしれないけど、どうなのかな?
〈私の場合、〈ん?〉という違和感を感じたのは以下の事柄です。〉
↓
1)確かに女性の話は長いと思うが、会議で必ず女性の話が長いというわけでもない。
2)「会議で女性は話が長い」ことは、性差なのか、偏見、差別なのか、よくわからない。
3)「女性蔑視に当たる」「辞任すべき」は、何となく引っかかる。
2.「ん?」と思ったことをネットで検索する。これを、(だいたいわかった、という)納得感、充足感を感じるまで繰り返す。
〈私の例です。〉
(1) とりあえず、「性差、偏見、差別、蔑視」の定義(違い)を、ネット検索で調べてみる。
↓
・「性差」-体つき、声の高さなど、男女の性別による違い。
・「偏見」-根拠のない偏ったものの見方、認識。
・「差別」-偏見を持って、不当に不利益を生じさせる言動。
・「蔑視」-相手を軽蔑し、見下すこと。
(2) 次に、会話や会議における「性差」の有無を、ネット検索で探してみる。
↓
① 1日のうちで、おしゃべりしている時間は、女性の方が長い。
⇒1日に発する単語数は、男性は平均7千語、女性は平均2万語で、男性の約3倍。
女性のおしゃべりは、「ストレス解消」にもなっており、1日に6千語以下しか話せないと、ストレスを感じやすくなる(メリーランド大学の研究)。
② 男性が多数を占める会議においては、女性1人当たりの発言時間は、男性1人当たりが話した時間の75%と短い。会議では、男性の方が話は長い傾向にある。(ブリガムヤング大学・プリンストン大学の研究)
③ 女性の話を聞いている男性が、「それで結論は?」と言いたくなるのは、〈結論重視〉の男性と〈プロセス〉重視の女性の違いから来ている。
男性は、同姓に対して話す時より、女性に対して話す時は33%も話を遮る(ジョージ・ワシントン大学の研究)
(例)寒い時、男性は「寒いから窓を閉めて」と言い、相手の「わかった」で会話は終わる。女性は「寒くない?」と同意(共感)を求めて、それから会話が始まる。
3.収集した情報をもとに、「ん?」と思ったことを検討する。
(1) 森元会長の発言について
(検討結果)
・「女性がいると会議に時間がかかる」という見方は、女性に対する「誤った認識(偏見)」。
・会議で女性を増やす場合には、発言時間をある程度規制する必要があるという考え方は、不利益を与えるものであり女性を「差別」する考え方。
(2) A新聞の記事について
(検討結果)
・「女性は話が長い」=「女性を蔑視した」と言えるには、「長話=蔑視すべき行為」という前提が必要だが、「長話」は、価値がなく蔑むべき行為とは言えない。
・話の長さは、その時々の状況によるので、「長話=蔑視対象となる行為」と見なすのは〈偏見〉。
・この記事は、「長話は、蔑視に値する行為」という前提のもとで、「偏見」と「蔑視」を取り違えている。
(3) 森元会長の発言は、辞職に値する発言かどうか?
(検討結果)
・これまで収集した情報だけでは判断できない。
4.必要情報の収集が十分できない時は、同様の複数の事例と比較してみる。
私たちの脳は、複数の事例や複数の評価基準があると、ない場合に比べて、より冷静で合理的な思考ができるからです。
【例1】社長が、公の席で「今年の新入社員は、会議で話が長いので簡潔に」と話した。これは許されない差別的、社員蔑視発言であり、責任を取って社長を辞任すべきか?
【例2】大学のサークルで、部長(4年生)が、ミーティングで「女子部員の話は長いので短く」と言った。これは許されない差別的、女子部員蔑視発言であり、責任を取って退部すべきか?
⇒「システムⅡ」が正常に作動していれば、森会長、社長、サークルの部長、いずれも同じ結論になる。
(検討結果)
真摯な反省、謝罪と、会議での女性理事の発言を尊重することは強く求められるが、辞職が当然の言動とまでは言えない。
(3) 新たに湧いてきた疑問-ではなぜ、辞職したのか?
⇒その他の例を探して並べて、共通している理由を探す。
・五輪開会式の演出統括役(佐々木宏氏)は、1年前の内輪のアイディア会議(LINE)で、渡辺直美さんを豚に見立てる演出案を提案、メンバーからの忠告を受け、取り下げたが、メンバーの誰かがマスコミにリーク。佐々木氏は、マスコミが〈女性タレントの容姿を侮辱〉との報道直後に辞任した。
・五輪開会式の楽曲担当だった小山田圭吾氏が、過去に雑誌上で障害を持つ同級生いじめの「加害者体験」を告白していたことが、SNSを中心に批判を集め、開幕直前に辞任した。
(検討結果)
マスメディアを通した批判は、常人には耐えがたい苦痛をもたらす。マスメディアがもたらす情報には、人の人生を簡単に変えるほどの力がある。・・・私のここまでの実際の情報収集、処理時間は約10分でした。(もちろん、丁寧に書き起こす場合には時間はかかりますが、普通は自分がわかればそれでいいので。)
5.習慣化するには?
この種の作業が習慣化している人は、半ば無意識に〈ん?〉〈なんで?〉と思ったことは、〈なるほど〉〈そうか〉と思うまで情報収集して、あれこれ散策・探検するタイプの人です。 日常でこのような習慣を身につけると、やはり便利さが違います。では、どうすればよいか・・・実は、とても簡単です。日常の些細なことに、ちょっとだけ〈好奇心〉を持てばよいのです・・・「あれ?」「どうしてだろう」「そうかな」・・・そう思ったら、とりあえずネットで検索するのです。例えば、こんな感じです。ライザップのCMを見て、「2か月でホントに別人のようになれるのかな?」と、ふと思ったとします。
①とりあえずネット検索してみると、なんと成功率は99%、リバウンド率は7%・・・これはすごい。
②コースは、シェイプアップ・美脚・モデルプログラムの3つで、いずれも298,000円~560,000円か・・・結構高いな。
③1回50分、週2回で筋力トレーニングがメイン、普通の筋トレだな。毎日の食事内容を連絡する必要はあるが、普通の糖質ダイエットか。
④うーん、これなら、自分でジムに2か月間通ってやった方がずっと安い。・・・と言うことは、トレーニングや食事以外の何か違うものがあるのかな。
⑤とりあえずダイエットを調べて見る。すると、女性の86.7%がダイエットに挑戦し、うち87.3%が見事に挫折。1か月続かなかったのは、男性で4割、女性で6割か。
⑥行動が習慣化するのに必要な時間を調べてみると、概ね2か月・・・なるほど。
要するに、「やる気の維持」が難しいわけだ。
⑦そこで、ネット検索すると「自己効力感=やればできる感」という言葉がヒットして、自己効力感を高めるやり方が3つ紹介されている。
(ⅰ)自分で取り組んでうまくいったという体験(達成体験)
(ⅱ)自分以外の者がうまくいった様子を見て、これなら自分にもできそうだと思うこと(代
理体験)
(ⅲ)自分には十分やれる能力があることや、達成しつつあることを、他の人から繰り返し言葉で伝えられること(説得体験)
⑧なるほど、あのCMは「代理体験」か。あのような体型の人が、あそこまで見事に変身しているのを見ると、出演者のように美しく引き締まった自分の姿を想像して、ライザップに通うのもいいかなと、つい思うことは確か。
⑨マンツーマンの指導とあるので調べてみると、トレーナーは、「①ほめる、②指導する、③2回ほめる」を繰り返すやり方を取っていることが判明。
動画を見ると、確かに、ほんのちょっとしたことを逃さずに「すぐにできましたね」「その姿勢ですよ」「リズムの取り方、うまいですね」といった具合に、流れるようにほめている。・・・お見事、さすがプロ。
⑩トレーナーになれるのは100人に3人か。1か月間の研修後の試験でも2割落ちる。
・・・厳しいな。ライザップのこだわりはトレーナーか。
⑪体験者は、がぜんやる気が出てくるとコメントしている。ほめられることが、とても新鮮に感じられると、生き生きとした顔で話している。確かに、私たちは他人からほめられることなど、めったにない日々を過ごしている。
・・・なるほど、ライザップは、徹底した「説得体験」によって自己効力感(本人のやる気)を高めているわけか。
⑫そう言えば、自分の好きなトレーナーを選べるし、代えることもできる。どんなトレーナーか見てみると、あれ? スレンダー、細マッチョからスポーツ刈りの太マッチョまで様々。地域によって違っている。日本も結構広いなあ。
・・・といった具合です。何気なく「あれ?」と思ったことを、ちょっと検索してみる。これで構いません。私たちは特に意識していませんが、「システムⅠ」からの感覚信号を受けて「システムⅡ」が情報収集して、あれこれ考え始めるわけです。
6.「ささやかな好奇心」
なお、これは〈毎日やらなければならない〉といった「義務感」でやるべきものではありません。ちょっとだけ「好奇心」を持つ、これが大切です。例えば、ライザップにしても、調べてみると、(役に立つかどうかは別にして)結構面白いでしょう?論文を書く際にも、「あれ?」「よくわからない」と思ったら、とりあえずネットで検索するのが、結果的に一番効率的です。皆さんの「こんな感じ」という感覚的理解を、わかりやすく言葉で表すためのサポート・ツールとして、とても便利です。「実践知」を文章化する時も同じです。例えば、賢明な上司は、「部下は褒めて育てる」という言葉の意味を体感的に理解しています。その際、もし「自己効力感」という言葉を知っていれば、なぜそうすべきなのかを、よりわかりやすく説明することができます。実は、ライザップの例は、人材育成の好例でもあったわけです。私は、ライザップのCMを見て、結果的に人材育成に関する「学問的知識(学知)」を得ていたわけですが、普段の生活や仕事に役立つ様々な知識が知らない間に身につく、そして何だか気分がよくなる・・・これが「ささやかな好奇心」の最大の魅力です。「ん?」「あれ?」と思ったら、とりあえず散策・探検してみましょう。皆さんの知らない間に「システムⅠ(無意識の脳)」と「システムⅡ(意識の脳)」が共同作業して、それまで何だかよくわからなかった、霞がかかった状態から次第に視界が開けてきて、景色がはっきり見えてくるようになります。〈ひそかな楽しみ〉になることは、私が保証します。
Writer:永松俊雄